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第一章 黒瑪瑙の陰陽師

《一》

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 暗く密閉された、機材ひしめき合う空間。
 頭には特製のバンダナ、手には作業軍手。
 どちらも黒に仕上がった装備を身に着け、青年は黙々と作業を続けていた。

 空間内は青年一人しか入れないほど狭い。
 中は数多くの配線と、数枚のモニターがひしめき合う。
 青年は一番大きなモニターに映る数値を真剣な眼差しを向け、耳元に装着された無線に手を当てた。

「北、あと十、数値上げて大丈夫です」

 無線先の相手に指示を送ると、モニターを再度確認。
『北』の表示は六十から七十へ。
『東』の表示の横には矢印マークが点滅。
 青年はすぐに別の小さなモニターを見て素早い指先でパネルを打ち、もう一度大モニターに視線を切り替える。

『東も出力上げた方がいいか?』
「大丈夫です。こちらで霊術の配線切り替えました。今回、鬼門の出力が東寄りなので、そちらはそのままでお願いします」
『了解』

 無線からは四十代と思わしき男の野太い声。
 短いやりとりで無線が切れ、青年は大モニターの数値を再び確認する。

 北。
 東。
 南。
 西。

 表示された数値に変動はなく、モニターの異常も見当たらない。

「北門、東門、南門、西門、全て良好まる。要石、装填します」

 青年が腰に取り付けていたポーチから五センチほどの小さな木箱を取り出す。
 木箱の蓋を開ければ、包帯で巻かれた何か。
 大事に、大切に管理されたソレの封を開けば漆黒の光沢を帯びた石が露われ出でる。

「準備はよろしいですか?」

 左手で黒き石をしっかりと持ち準備を整える。
 北、東、南、西。
 青年は四方の門に配属された『上司』と呼ぶ男たちに呼びかける。

『いいよ』
『おう、いつでもいいぜ』
『ガッテン!』
『右に同じく』

 全員の声を無線で確認。
 付けていた軍手を床に落とし、青年は左手に持った石をとある場所にかざす。
 空間の中央、配線が集中した中央にちょうど石がはまる大きさの穴。
 そこに石を指で挟んだまま動きを止めた。

「号令始めます。五……、四……、三……、二……、一……」

 青年の声に、無線の先に四人に緊張が走る。
 カウントダウンに合わせて一斉に行動。
 青年の凜とした透き通った声が合図として、無線に響く。

急急如律令キュウキュウニョリツリョウ

 合図と同時に石を装填。
 装置に集中していた配線が金色に光を帯び、薄暗い空間がたちまち光で満たされた。
 この幻想的な光景も青年にとっては見慣れたもの。
 特に余韻に浸る間もなく大モニターに視線を見て指示を出す。

「南、零・二ほど遅いです。誤差十。一時出力上げて下さい」
『マジかぁ。はい、号令タイミングヨロ』
「いきます。十……、九……、八……、七……」

 号令に合わせて、大モニターに映る南の数値が上がっていく。
 それと同時に青年は小さなモニターをタッチし、号令の声をかけたまま南にかかるエネルギー負荷を調整する。

「三……、二……、一……。はい、大丈夫です」
『ふぅ……、今日は誤差俺だけかぁ……ちきしょー』

 無線先で悔しがる声を聞きながら、青年は大モニターで数値を確認する。

「四方、門に異常はありますか?」

 青年は無線の応答を通じて、四つの門に異常がないことを確認する。

 四方に設置された門の霊力、配線の負荷。
 そして、これらの信号が集中する動力源、要石かなめいし
 どれか一つ、些細な異常でも取り返しが付かない。

 そして、一瞬の見落としを許されない、重司令塔に位置にする鬼門。
 青年は最重要たる立場ポジションで始終顔色を変えず作業をこなした。

四門しもん、配線、要石、すべて正常に起動。霊力、水準値のまま保っています。お疲れ様でした」
『あー、疲れたぁ!』

 業務完了を伝えると、無線からどっと疲れた声色が各方面から響き渡る。
 現在時刻は深夜十一時過ぎ。
 緊迫した現場で作業をするには余りにも遅い時間であり、より疲労度も溜まっていた。
 無線から安堵の声を聞きながら、青年も彼らに無線で伝える。

「私も少し外の空気吸ってきてもいいですか?」
『ああ、そこ窮屈だからな。少しは身体を伸ばせ』
『こっちに何かあったら連絡するから、無線は外すなよ』

 東と北の門にいる上司から了承を貰うと、青年は頭上の壁に付けられたノブを開く。
 重い金属音をたてて開く鉄の扉。
 下の狭い空間から抜け出るようにして、青年は外へ移動する。

 開けた空間に出てくるが、それでも人が五人ほどでいっぱいになりそうな鉄鋼作り。
 隅には段ボールに梱包された作業道具がたまり、ここではまだ窮屈に感じてしまう。

 カツン、カツン。
 鉄の音を響かせながら青年は前へ。
 外界を隔てる鉄の扉がもうすぐそこにある。
 青年の節の長い細い指が、冷たいドアノブに触れ扉が開く。

 その先には、数多の星々が真夏の夜空に輝いていた。

「やっぱり……外は暑いなぁ……」

 昼夜問わず鳴り響く蝉時雨。
 室内の涼しさとは裏腹に、外は夏の空気に満ちあふれていた。
 青年は地上から数メートルの高さでそびえ立つ塔から腰を下ろす。
 頭に巻いたバンダナ……の形に酷使した仕事道具を外し、額から伝った汗を拭う。

「そういえば、今日は新月でしたっけ」

 青年は窮屈な場所から解放され、心労を解そうとしていた。

 手にした軍手をポケットにしまい、関節を鳴らしながら背筋を伸ばす。
 器用に左手と口を器用に使いながら仕事道具バンダナを右腕に巻付ける。
 三本のかぎ爪のロゴがついた薄緑の作業服つなぎを、熱帯夜でも律儀に脱がす肩まで袖を通す。

 だが、それよりも印象的なのは、

「どうりで、月が見えないはずだ」

 歳は二十代。
 男性でありながら、どこか女性的な面影を残し、美しい顔立ちをしていた。
 黒い短髪が真夏の夜風にゆれ、空を見つめる瞳は、鏡に映したかのような澄んだ漆黒。

 職業、結界整備師けっかいせいびし。名を桜下さくらげ
 長い業務の終わりに一段落をしながら、すぐに視線を下に逸らす。


 夜空のような瞳は遠く離れた星々ではなく、数百メートル先に広がる街の灯りを眺めていた。
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