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第一章 黒瑪瑙の陰陽師

《二》

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 賑やかな人混み、街道の中に立ち並ぶ色とりどりの店。
 夏の日差しが照りつけ、行き交う人々はそれに合わせた涼しげな装いをする。
 中には浴衣姿の女性たちも混ざり、軽やかな下駄を鳴らしながら歩く姿は華やかさがあった。

 時刻は昼を過ぎ。
 活気に満ちる人混み中に一人、佇む人物がいた。

 青を基調とした軍服の格好。
 祭会場の最南端の門に、背が高く体格の良い青年が一人立つ。
 青年は目立つ金髪の頭を制服の帽子で深く被り、腰には長身の日本刀を装備している。

「……」

 炎天下の中でも特殊な制服のおかげで汗水一つ流すことはない。
 しかし、この人混みに混じって遊びに行きたい気持ちをぐっと押しとどめて、この祭事『斉天祭』の警備に当たっていた。

 すると、後方から一人。
 人混みをかい潜りながら、青年の後ろに背の高い女性が現れる。

「一般客に混ざりたいとか、思っているんじゃないぞ」
「ファイ!? ノッシング! 思っていませんよ、そんなこと!」
「シリウス、顔に書いてあるぞ、顔に」

 シリウスと呼ばれた金髪の青年と、彼の上司にあたる三十代半ばの同じ軍服姿の女性。
 彼女はクックッと笑いながら、顔立ちに似合わない男性口調で語りかける。

「斉天祭の警備に付きたいとか言っていたからな」
「イエス! 一度この目で見てみたかったんです!」
「そこは『はい』だろ。上司に向かって。この日本かぶれのアメリカン侍」

 シリウスは上司の肘鉄砲を受けながらも変わらず笑顔のままだった。

 斉天せいてん
 天にひとしい。
 その由来は平和を取り戻した聖人の名からきている。
 
 陰陽帝国日本。
 かつては太古の物の怪どもが住まう神秘の島。
 霊力を原動力エネルギーに変換する技術を得て、より高き高みへ目指すようになってしまった。

 思い出して。
 大地の胎より生まれし、我らが同胞を。
 我らは貴方たち人の積み重なりし業を受け入れましょう。

 結果、惑星の祈りが『災禍さいか』という災害を三百年に渡り引き起こす。
 妖魔、怨霊を起因とした災害は人々を苦しめ、政府は『陰陽寮おんみょうりょう』を設立する。
 霊力を糧とし魔を退ける術、霊術を持って災禍と渡り歩くも、決定的解決策を見いたせない。

 手を伸ばしても、届かない終わりの果て。
 しかし、十二年前。
 とある陰陽師が命をかけて戦いに終止符を打つ。

 名前、年齢、経歴、性別、不明。
 唯一判明しているのは、その陰陽師は片方腕が無い、隻腕であったことのみ。
 その功績を讃え、陰陽寮は名もなき陰陽師にくらいを授ける。

 それが、

斉天大聖せいてんたいせい

 シリウスがポツリとその名を呟く。

「本当にその人、聖人なんでしょうか」

 祭りの賑わいを横目で見ながらシリウスは上司に質問をする。

「十二年前と比べて小さくなってはいるが、未だ災禍被害が多発していることに対してか? そう考えるのは、いくらなんでも傲慢じゃないか。完全に無くすことが出来なかったとはいえ、今もこうして平和に祭りが出来るくらいには景気が回復した。それだけでも上々だろう」
「ソーリィー。そういうつもりで言った訳じゃないんです。たしかに、昔じゃ祭りどころか、僕は来日することさえ出来なかった」

 彼が日本にたどり着くまでに数々の道のりがあったが、そのきっかけは斉天大聖の影響があった。

「僕がたしか八歳の時。ちょうど、テレビで知りました。大戦は終結したって」 

 大いなる戦、羅生門破壊戦。

 災禍の三百年間のうちの後期百年にわたる戦争の時代を大戦と呼ばれる。
 歴史上、最悪の被害を引き起こした災禍、羅生門。
 羅生門の破壊と引き換えに斉天大聖は命を落としたと語り継がれる。

 世界でも大戦の話題は大々的に取り上げられ、海を越えシリウスの母国アメリカにも知れ渡った。

「僕、じいちゃんが日本人なので昔から色んなこと教えて貰いました。話し方とか、文字の書き方。あとお箸の持ち方も。だから、この国とっても好きで、好きで……気がついたら検非違使けびいしになっちゃっていました」
「そう、勢いだけでここまで来た奴は私の知る限りお前しかいないよ」

 軽やかな口調でシリウスは語るが、上司が言うように検非違使とは用意な役職ではない。
 陰陽寮の中に『検非違使衆』と呼ぶ組織を構成し、対災禍の戦闘員を構成する。

「でも……、やっぱりそれぐらい僕の中で斉天大聖は特別な存在です。じいちゃんの母国を救ってくれた恩人として。けれど、どうしてかなぁ……、聖人とは思えないんです」
「……あまり妙なことを言うな。斉天大聖の命日で、誰かに聞かれたら騒ぎになる」
「ウーン。ウーム……、やっぱり日本語は難しい。ニュアンスが思いつかない」

 最後の部分を小声にしながら上司は忠告をするが、シリウスはあまり聞き入れている様子はない。

 その二人の数メートル先には、白い門のような装置があった。
 白い門の近くに人が持つカードを持った人が近づき、読み取ると紫色に光りを帯びる。
 光りが数秒間輝き続け、やがて弱まると、門に入った人はその場から消えていた。

「日本を救った上に、あんな技術まで残した霊術者なぞ聖人の度を超していると思うがな」

 上司が指す白い門を、シリウスは興味を示すこともなく黙って睨み付けていた。

 陰陽寮が四年ほど前に開発する。

 名称を、霊術装置テムイ。

 大地が持つ霊力を利用し、日本各拠点に設置されたテムイ同士のネットワーク間を限定に、霊術的な移動を可能とした。
 その技術の大本が、斉天大聖が持っていた、転位という能力。

 瞬間転位テレポーテーション
 陰陽寮が斉天大聖の死後、研究を続けテムイの開発に繋がった。

「まだ設置場所とパスの所持者数が限られているとはいえ、いずれ電車みたいな交通機関が無くなってもおかしくないだろう」
「……僕、バイクの方が好きですけど、それが無くなるのは嫌だなぁ」
「直ぐにはならんさ。それに、テムイがあるということはそれだけ人が集まるということだ。災禍事件は大結界があるから、まあ……ないだろうが、人が集まれば人的事件もありえる。怠けず、警備しっかりやれ」

 了解ラジャー、とシリウスの独特な敬礼に上司はまた肘鉄砲を軽く入れようとするが、そこに一人の検非違使の検非違使が急ぎ足で声を掛けた。

かい大尉、緊急の伝令で参りました」

 まるで見本のような検非違使の敬礼に、上司である櫂は、これが正しい敬礼だ、とシリウスに見せつけるかのように視線を送る。
 後方で部下がふてくされている様子を無視しながら、検非違使の用件を聞く。
 あまり大きな声で言えない内容なのか、検非違使は櫂の耳の近くでひっそりと伝えた途端、櫂の表情は険しいものになる。

「あ? 舞師の警護についていた隊士がやられたけど無事って、全く……ちぐはぐだな」

 短く切りそろえられた髪型を簡単に手で直し、帽子を被り直す。
 検非違使に持ち場に戻るように指示をする櫂を見て、シリウスは何か起こったのだと直感で察知する。

「なにか、あったんですね?」
「……ああ、シリウス。急で悪いが、配置を変えるぞ。お前が一番の最適解らしい」

 上司の悪態が混じる信頼の言葉。

 金髪の検非違使は未知への期待に、眼は星のように青々と輝いていた。
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