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第四章 本当の親子

123 時代遅れの名家

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「そういえば俺、一つ気になってたんだけどさ……」

 じゃれ合いが落ち着いたところで、マキトが切り出した。

「そもそもどうして、赤ん坊のアリシアを捨てることになっちまったんだ? セアラさんが自分で捨てといて後悔してるってのも、よく分かんないし」
「だ、だから! それは私の本意じゃなかったのよ!」

 マキトが言い終わるや否や、セアラが血相を変えて叫び出した。

「何も知らないくせに、勝手なことを――」
「お母さん!!」

 捲し立てるセアラをメイベルが一喝して止める。ちなみにマキトは、魔物たちとともに呆気にとられた表情で固まっていた。

「マキト君は何も知らないからこそ、本当のことが知りたくて聞いただけだよ。みっともないことは止めて」
「メイベル……」

 セアラは呆然としながら娘を見るが、メイベルは即座に母親から視線を逸らし、マキトのほうに体ごと向き直り、深々と頭を下げる。

「ゴメンなさいマキト君。母が醜い八つ当たりをしてしまいました。どうかここは私に免じて、許してもらえないかな?」
「えっ? あぁ、いや、俺は別に……ちょっとビックリしただけだから」

 まさかここまでしっかり謝られるとは思わず、マキトは別の意味で尻込みする。これには流石のノーラも予想外だったのか、目を軽く見開いていた。

「すごい……メイベルがまるで貴族のおじょーさまみたい」
「まぁ、似たようなモノだからね。これでもそれなりに教育されてるんだよ」

 顔を上げながら苦笑するメイベル。数秒前まで見せていた表情は消え失せ、いつもの雰囲気に戻っていた。
 そして話を仕切り直すべく、コホンと一つ咳ばらいをする。

「アリシアが生まれてすぐに家から追放された件ですが……ここからは私が話していきたいと思います。母から全て聞いてますので」
「ありがとう、メイベルさん」

 ユグラシアがニッコリと微笑んだ。彼女もアリシアが捨てられた経緯は、大いに気になっていたのだ。それを知る絶好のチャンスを、逃す手はない。
 マキトたちもこぞって興味津々な表情で注目してきており、それに対してメイベルは小さな笑みを浮かべた。

「原因を一言で言い表すならば……『時代遅れの名家』と言うべきでしょうか」

 メイベルとセアラの実家は、魔導師の名家であった。貴族でこそないが、それに準ずる立場を持ち、貴族社会にもその名が知られているほどであった。
 その家は、世界有数の魔導師を代々に渡って輩出してきた。
 故に生まれてくる子供は、大きな魔力と魔導師の才能を持っていることが、絶対条件だとされるのは、至って自然なことであった。
 そのどちらかでも当てはまらない場合は、即刻その子供は処分される。
 それもまた、数十年前から続く、その家のしきたりであった。
 残酷としか思えない考えも、全ては誇り高き魔力を汚さないため。そして魔導師としての優秀な血を絶やさないためとされていたが――それもあくまで昔の話。
 現代においては、もはやしきたりは意味を成していないも同然であった。
 ここ数十年で魔法具の開発も劇的に進み、たとえ魔導師でなくとも、魔法関係の道で名を馳せる者も決して少なくない。
 しかしながらメイベルの実家は、未だ魔導師にこだわり続けている。
 それで成功を続けてしまったが故に変えられない。誰も気にしなかったとしても自分たちのプライドが許せない。そんな『時代遅れ』を辿る、典型的な古き家柄でしかないのだった。
 特にメイベルの祖父――先代当主であるウォーレスがその筆頭であった。

「凄まじい魔力を持っているのに、肝心の魔導師の適性を持たない子が生まれたと知らされた時、おじい様は凄まじく失望したらしいよ。ようやく生まれてきて、この体たらくか――ってね」

 肩をすくめるメイベルに、マキトは顔をしかめる。

「また酷い言い方してくるもんだな」
「言ったでしょ? 時代遅れの名家だって。昔の当たり前を、今でもさも当然のように持ち込んでくるみたいなね」
「へぇー」

 呟くように相槌を打ちながら、マキトはクッキーを一枚咥える。

「それで、その生まれてきた子ってのがアリシアだったんだ?」
「うん。もっともその時点では名前も与えられず、すぐに追放が決定したの」

 その時点では、まだ生まれたばかりである。故に事実上の始末――いわゆる死を与える以外の何物でもない。
 惨いことこの上ないやり方も、数十年前は珍しくなかったのだ。
 もっともそれはあくまで昔の話であり、今ではご法度とすら言われるほどだ。それをウォーレスは、当たり前のように実行したのである。

「自分たちの手を汚さないよう転送魔法を使って、人里離れた遠いどこかに座標を設定して飛ばした――そこから先は知ったこっちゃないって感じでね」
「でも、アリシアは助かったんだよな?」
「そうだね。見つけてくれた冒険者夫婦の人たちには、感謝してもしきれないよ」

 尋ねてきたマキトに、アリシアが小さな笑みを浮かべる。ちなみに彼女は今、マキトの隣に座ってフォレオを抱きしめていた。
 自分の壮絶な過去に胸が締め付けられるような気持ちに駆られるが、それをフォレオの温もりが癒してくれている。
 どうやらフォレオもそれを悟っているらしく、大人しく抱かれたままだった。

「それでその後に、メイベルが生まれてきたってことだよね?」

 クッキーを頬張るフォレオの頭を撫でながら、アリシアが尋ねる。

「そーゆーことになるかな。私は魔力も魔導師の適性にも恵まれたから、おじい様も凄く喜んでいたって言ってたよ」

 嬉しいけどあまり嬉しくも思えない――そんな複雑そうな笑みを浮かべつつ、メイベルは肩をすくめる。

「お母さんはおじい様の子供の中で、一番の才能も能力も持っていたからね。だからこそ跡継ぎも、姉である伯母様を選ばなかったらしいし。要はそれだけお母さんから生まれてくる子供に、おじい様は期待してたってことなんだよ」
「でも、最初に生まれてきたアリシアは……」

 チラリと視線を向けるマキトに、メイベルは小さく頷いた。

「もし私も同じような生まれ方をしていたら、きっと私だけじゃなく、お母さんも処罰の対象になっていたかもね」
「え、そこまでか?」
「おじい様ならそれぐらいのことはすると思うよ? まさに最高の結果であり、首の皮一枚繋がったとも言える感じかな」

 メイベルは苦笑しながら肩をすくめる。

「今はお母さんが当主の座を受け継いでるけど、親戚からは『野心がない!』ってイマイチな反応なのよね。野心だけなら伯母様のほうが圧倒的に上だし」
「メ、メイベル……そこまで言わなくても」
「何よぉ、事実じゃないのさ」

 セアラがやんわりと制しようとしてくるが、メイベルは止まらない。

「おじい様も言ってたよ? ディアドリー伯母様にもう少し才能があれば、間違いなく跡取りは妹のセアラではなくアイツだった、ってね」
「なるほど。まぁ、よくある話とも言えそうね」

 ユグラシアが仲裁も込めて話に入った。それ自体はアリシアも納得であり、確かにねぇと言わんばかりに頷いている。

「ねぇ、メイベル。そのディアドリーさんって、今でも当主の座を狙い続けているとか言ってなかったっけ?」
「そうだよ。まさに野心の塊ってヤツだね」

 アリシアの問いに頷きつつ、メイベルは小さなため息をつく。
 次期当主として幼い頃から英才教育を受けてきた彼女も、ディアドリーからねちねちと嫌がらせめいた説教を聞いてきたのだった。
 たまに開かれる家の集まりでも、次期当主相手に先輩として指導するという名目であれこれ難癖付けてくるのが恒例となっていて、メイベルからしてみればうんざりしている以外の何物でもなかった。

「……姉さんのしていることは、単なる癇癪に過ぎないわ」

 セアラが膝の上に置いた手をギュッと握り締める。

「お父様も周りも、跡取りはメイベルであることを殆ど決定事項としている。今更何をしようが、それが覆ることはないもの」
「だからと言って放っておくのもねぇ。被害を受けてるのは私なんだし」

 しかしメイベルは、それを周りに訴えても意味がないことは知っていた。次期当主としてそれぐらいなんとかしろ――そう言われるのがオチだからだ。

「ん。アリシアのことはいいの?」

 ここでずっと黙っていたノーラが、口を開いた。

「アリシアがその家に帰れば、跡継ぎの話とかが色々とややこしくなりそう」
「――あぁ、うん。確かにそれも懸念されてたんだけどね」

 まさかノーラがそれを指摘してくるとは思わなかった――それが戸惑いとなって表れつつ、メイベルが苦笑する。

「結論から言っちゃえば、別に問題はないって感じよ」

 確かにアリシアという存在が出てきて、一時は家中が騒然とした。十六年前に死んだと思われた子が生きていたのだから無理もない。
 しかし相変わらず魔導師の適性が一切なく、なおかつアリシア自身が本家に対して恨みを抱いていないと分かった瞬間、誰も苦い顔をしなくなったという。
 要するに名家の顔に泥を塗らず、跡取り問題さえ拗れなければ、認識しようが受け入れようが好きにしてくれというのが周りの考えなのだ。むしろ森の賢者ユグラシアと繋がりがある人物ということで、丁重に出迎えてあげなさいと言う者も出てくるほどであった。
 そこまで話し終えたところで、メイベルが深いため息をつく。

「なんてゆーか……全く現金にも程があるってもんよ」
「ホントにね。恨みがない以前に、そもそも興味がないだけだっていうのに……」

 頬杖をつきながらそう言い放つアリシア。そんな彼女に対して、セアラは悲しそうな表情を浮かべるのだった。

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