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第四章 本当の親子
124 お宅訪問へ
しおりを挟む(まさか……『興味がない』と言われるなんてね)
どうして自分を捨てた、今更ここで名乗り出てくるんじゃない、親子だの血が繋がっているだの綺麗事を並べるな――そう怒鳴り散らしてくれたほうが、むしろ良かったかもしれない。
無論、自分のことを好きになってほしいと思っていた。しかしそれは儚い願いでしかないことも分かっていた。
だからせめて、自分を盛大に恨んでほしかった。
むしろそれが自然と言えるだろう。自分は母親として何もできず、小さな命が捨てられていくのを見届けることしかできなかったのだから。
しかしセアラは、別の意味でアリシアの言葉にショックを受けていた。好きとか嫌いとか恨んでいるとか、それ以前の問題だと突きつけられた。
興味がない――そんなため息交じりに放たれた一言で。
(私とアリシアが親子に見えないって言われて、あの子は確かに喜んでいたわ)
それだけピンと来ていないことは分かっていたつもりだった。しかしそれを改めて突きつけられると、やはりショックは隠しきれない。
十六年も想い続けてきた気持ちが、真っ向から否定された気さえしていた。
(どうして……どうして私は、あの時何もしなかったの? こんなことなら、全てを投げ捨ててでも、アリシアを連れてあの家から逃げ出せば良かった!)
家を敵に回すのが怖くて仕方がなかった。当主を務めていた父親に歯向かうのが恐ろしくてたまらなかった。
なによりも――後ろ盾もなく外の世界へ飛び出すこと自体が怖かったのだ。
いくら厳しい教育をたくさん積んできたとはいえ、所詮は家という箱庭の中で生きてきた温室育ちのお嬢様に過ぎない。死と隣り合わせの自然界にいきなり飛び出していき抜ける自信はなかった。
生まれたての赤ん坊を育てながらという条件が、余計に尻込みさせた。
その結果、ただ家の指示に従うことしかできなかった。
(でもそれは全て、私の自業自得……ううん、今はこんなところでめげている場合じゃないわ!)
セアラは表情を引き締め、顔を上げてユグラシアのほうを向く。
「――あのっ! 私がこちらに出向いたのには、もう一つ理由があるんです」
その声があからさまに作り上げられたものだと、ユグラシアも察していた。しかしここでそれを指摘すると話が大きく逸れそうだと思い、今は心の中に止めつつ黙って耳を傾ける。
「是非ともアリシアを、私どもの家に招待したく存じ上げます。もし宜しければ、ユグラシア様やマキト君たちもご一緒にと思いまして……」
その言葉を聞いたアリシアは、怪訝な表情を浮かべた。そしてマキトたちは揃って目を見開いた。まさか自分たちも誘われるとは思わなかったからだ。
するとメイベルがこっそりを視線を逸らしながらため息をつく。
(アリシアを家に誘いたいからって、お母さんもちょっと必死過ぎるんだよね)
セアラは最初、アリシアだけを招待するつもりだった。しかしそれにメイベルが待ったをかけたのだ。
――ユグラシア様たちも一緒に招待したほうが、より確実だと思うよ?
アリシアならきっとそうしたいだろうと、メイベルは思っていた。ユグラシアの元へ直接出向くのならば尚更だと。
そう思いながら進言したメイベルに対して、セアラも即座に納得した。
慈愛に満ちた笑顔で。
何も知らない者が見れば、単なる年上美女の笑顔でしかない。しかしメイベルからしてみれば、不安以外の何物でもなかった。
それでも賽は投げられてしまった――メイベルはそう判断した。
こうなったらもう、流れに身を任せて動きつつ、臨機応変にその場で対応していくしかないと、そう思いながら。
(でもね、お母さん。そのやり方はちょっとばかしマズいよ)
何せ本人を目の前にして、堂々と外堀から埋めて行こうとしているのだ。ただでさえ今回の問題に気乗りしていないアリシアが、これで快く受け入れるとは到底思えなかった。
現にアリシアのほうを見てみると、顔をしかめてセアラを見ている。
――あんなのが私を産んだ人だというの?
まるでそう言っているかのようにメイベルは見えた。
このままでは、ややこしい事態になりかねない――そう思ったメイベルは、セアラをフォローするべく、まずはアリシアのほうに視線を向ける。
「アリシア。どうか今回は、お母さんの我が儘を聞いてあげてくれないかな?」
「えっ、メイベル?」
まさか急にそう申し出てくるとは思わなかったのか、アリシアは目を見開きながら戸惑いを示す。
今が空気の流れを変えるチャンスだと感じ、メイベルは更に続けた。
「今回はあくまで、ただウチに遊びに来てほしいというだけ。アリシアがお母さんの願いを受け取るかどうかは、全くの別問題になるんだ。それに――」
メイベルは一瞬だけ視線を逸らし、そして改めてアリシアを見る。
「私の個人的な気持ちとしても、アリシアには是非、ウチに招待したいの。純粋な友達としてね」
「メイベル……分かったわ」
その言葉が心からの気持ちであることを察し、アリシアは笑みを浮かべる。
「あなたのお家にお邪魔してもいいかな?」
「――ありがとう、アリシア!」
アリシアと笑顔を浮かべ合うメイベル。そんな二人を見て、ユグラシアも安心したような笑みを浮かべるのだった。
「メイベルさん。宜しければ私も、そのお誘いに乗らせてもらえるかしら」
「はい、大歓迎です! ありがとうございます!」
ユグラシアの返事にメイベルはガバッと頭を下げる。続けてセアラも、我が儘を聞いてくださってすみませんと発言した。
そしてメイベルは、マキトたちのほうに視線を移す。
「マキト君たちはどうする? 気が進まないのなら、無理強いはしないけど」
「うーん……」
軽く唸りながらマキトは腕組みをする。そして視線をラティたちのほうに向けてみると、皆が自分のほうを見上げてきているのに気づいた。
決断を委ねられている――マキトは無意識にそう感じ取っていた。
(別に興味ないっちゃあないんだけど……)
マキトはチラリとアリシアのほうを見る。未だにフォレオを抱きしめているアリシアも視線を向けてきていた。
好きにしていいよと言わんばかりの小さな笑み――しかし何故かその奥に、願いが込められているような気がしていた。
できれば一緒に来てほしい――そんな感じの願いが。
(そうだな。特に断る理由もないし)
自分の中でそう結論付けたマキトは、小さな笑みを浮かべ、ノーラや魔物たちを見渡した。
「折角だから、俺たちも行ってみようか」
マキトがそう言うと、ノーラやラティたちがこぞって表情を明るくする。
「ん。行く」
「さんせーなのですっ♪」
「キュッ!」
『たのしみだねー』
キャッキャとはしゃぎ出す魔物たち。気を遣っているとかではなく、本当に心からの反応だということが分かり、メイベルも安堵の息を漏らす。
そしてメイベルは、ニッと笑みを浮かべながら勢いよく立ち上がった。
「じゃあこれで決まりだね。森の神殿御一行様を、私たちの家に歓迎しまーす♪」
両手を広げながら宣言するメイベルに、魔物たちは歓声を上げる。かくしてマキトたちは、メイベルの実家に赴くことが決まったのだった。
◇ ◇ ◇
屋敷の奥にある部屋の扉がノックされる。中から返事が聞こえた青年は、ゆっくりと扉を開けた。
「失礼します、母上」
「おや、どうかしたのかい、フェリックス?」
執事服を身に纏った息子に、彼の母親であるディアドリーは視線だけを向ける。
「アンタがこちらに帰って来るなんて、珍しいじゃないのさ」
「母上にご報告したいことがございまして」
「ふぅん? じゃあとりあえず、それを聞かせてもらおうじゃないか」
ディアドリーに促され、フェリックスは持ち込んできた情報内容を伝える。それを聞き終えた彼女は、頬杖をつきながら深いため息をついた。
「――なるほど。セアラは森の賢者様のところへ行ってるんだね」
「はい。当主様はなんとしてでも、アリシアさんを本家に招き入れたくて、あれこれ手を尽くそうとしておられるみたいです」
「そんなの言われなくとも分かるよ」
ディアドリーは手をパタパタと振りながら、呆れ果てたようにため息をつく。
「さしずめ今頃は、あのお嬢ちゃんと賢者様を、本家に招待しようと頑張っている感じなのかねぇ」
「恐らく。メイベル様もご一緒ですし、話を受けるぐらいはするかと」
「私から言わせれば、正直バカバカしいにも程があるよ。十数年前の過ちを引きずり続けるなんて、みっともないったらありゃしない」
泣きそうな顔で落ち込むセアラの姿が脳内に浮かび、セアラは思わず笑いが抑えきれなかった。
「まぁ、でもアレだね……これは動き出すいいチャンスかもしれないよ。もう少し念入りに監視を続けておきな」
ふてぶてしく言い放つディアドリーに対し、フェリックスは顔をしかめる。
「母上……そろそろ考え直そうとは思わないのですか?」
フェリックスがそう尋ねた瞬間、ディアドリーが鋭い視線を向ける。一瞬ビクッと背筋を震わせるも、フェリックスは意を決して口を開いた。
「どう考えても見苦しい八つ当たりに他なりません。おじいさまだって――」
「お黙り」
ディアドリーの冷たい声が、必死に呼びかけるフェリックスを一刀両断する。
「アンタこそ、今更何を言ってるんだい? ここまで来て止めろとでも? この私に向かって冗談を言うなんて、随分とまぁ余裕があるようだね?」
「い、いえ、私は……」
必死に言い訳を探そうとするフェリックス。しかし上手い言葉が出てこず、視線を右往左往させることしかできなかった。
そんな息子の情けない姿に、ディアドリーは深いため息をつく。
「全く、あの父親に似てヘタレなんだから……アンタはつべこべ言わず、私の言うことを聞いてればそれでいいんだよ。分かったらさっさとお行き!」
「……分かりました」
これ以上何も聞いてくれやしない――そう思ったフェリックスは一礼して、部屋を後にする。
やがて一人となったディアドリーは、机の上に置かれたペンダントを手に取る。
「そうさ……ここまで来たら、もう止めるワケにはいかないんだよ」
独り言を呟きながらニヤッと笑うディアドリー。その笑みは確かに黒く、まるで邪悪な魔女を連想させるかのようであった。
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