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化け物バックパッカー、人形を背負う。[後編]
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「……ン?」
和室の一室で、少女は目を覚ました。
ローブを着ていない少女は、“変異体”と呼ばれる化け物だ。
全身が影のように黒く、女性のような体形に長く伸びた爪、髪は顔を覆い、腰まで伸びている。
髪の隙間から、眼球の代わりに目の穴から青い触覚が生えているのが見えた。時々、それは引っ込み、瞬きが終わるとまた出てくる。
「……ココ……ドコ……?」
窓の景色から、ここは建物の2階のようだ。
起き上がった変異体の少女は辺りを見渡しながら、被っていた布団から抜け出し、側に置かれていた彼女のローブとバックパックを手に取った。
一方、その隣の部屋では二人の人物が互いに向かい合って正座をしていた。
「ごめんなさい、お兄ちゃん……でも通してしまったら……お兄ちゃんが見つかると思って……」
一人は先ほどの店員だ。
先ほどとは違う目つきからあふれる涙は、重力に沿ってたたみに吸い込まれていく。
「君が僕のことを考えてくれるのはわかるよ。だけどね、殴る必要はないだろう。ましてや一人はおなかを押さえていたんだよ?」
もう一人は、腕が六本もある青年だ。
背中から生えている青い四本の腕を除けば、普通の成人男性と変わらない。
「……」
障子が開き、ローブとバックパックを装備した変異体の少女が入ってきた。一斉に少女を見るふたり。
「……あなた、なに勝手に汚れた手で障子を開けているんですか」
店員はすぐに1階の時の表情に戻り、冷たい言葉を放った。
「こら、さっきも言っただろう? 僕は彼女と二人で話したいから、君は下で付き添いの人を待ってなさい。ちゃんと連れてくるんだよ?」
店員は黙ったまま、和室から立ち去った。
「……妹が失礼しました。どうぞ、楽な姿勢でお座りください」
「……」
青年に促されて、変異体の少女は店員が座っていた場所で人魚座りをした。
「あなた、窓ガラスに引っついていた人ですよね?」
興味があるように笑みを浮かべる青年の言葉に、変異体の少女は少しだけ目線……のようなものをそらした。
「……見テタノ?」
「はい、まさか変異体とは思いませんでしたけどね。何をしているんですか?」
「旅……シテイルノ……」
「変異体が旅……考えたこともなかったな……でもよく考えている。そのローブで変化した部分を隠せれば、人目につかずに歩けるわけだ」
変異体の少女は自分の着ているローブを見た後、青年と顔を合わせた。
「……アナタハ?」
「僕はこの店の店主です。もっとも、“突然変異症”で体がこうなってからは店を妹に任せているんですけど……」
「アノ女ノ人モ……怖クナイノ……?」
「ええ、突然変異症で変化した部分は、人間の肉眼で見ると恐怖の感情を引き起こす作用がある……だけど妹は耐性を持っていたようです。あのおじいさんもそうですよね?」
「ウン……私モヨクワカラナインダケド……」
「最近あったばかり……ってことですか?」
変異体の少女がうなずくと、数秒だけ静寂が挟まれた。
「サッキノ女ノ人……アナタノコトヲ思ッテクレテイルミタイ……」
扉の方を見ながら話題を切り替えるように少女がつぶやくと、青年は少しだけ複雑そうな顔をした。
「……ドウシタノ?」
「あ……いえ……だいじょうぶです」
青年はせき払いをする。
「あの子は……僕を大切に思ってくれる……それはいいんですが、周りに対して冷たすぎます。ちょっとの勘違いで腹にグーパンチする妹がこの星の中でどこにいるんだ……」
「ソウイエバ、オジイサンハ?」
「妹の話だと、公園のトイレに行ったそうですが……」
その時、障子が開き、老人と店員が現れた。
「お嬢さん、無事だったか?」
「お兄ちゃんが何をすると思っていたの!? この変態じじい!」
「……はあ」
相変わらず暴言を吐く店員に対して、青年はため息をついた。
「どうも、彼女がご迷惑をかけました」
老人はあぐらをかく。
「いえいえ、ご迷惑をかけたのは僕の妹です。何かおわびをしなくては……」
青年は考え事をするようにうつむき、すぐに顔を上げた。
「……この女の子を見ていたら、新しい人形のアイデアを思い付きました。おわびとしてそれをプレゼントしましょう」
「ホント!?」「いいのか?」「なんでっ!?」
「本当にお兄ちゃん……人が良すぎるよ……」
和室には、店員と老人が残った。
「……」
「もしもお兄ちゃんが突然変異症にかかっていたことが……ウワサになったら……」
「……捕獲され、隔離されてしまう。そんなことはわかっとる」
軽率に話し始めた老人に、店員は怒りを込めた鋭い目つきを見せた。
「じじいは黙れ!」
「そんなに怒るな。せっかくの美人が台無しだ」
「あんたに何がわかるの!? お兄ちゃんが変異体になってから、外に出ることができない!! 学校にも行けない!! 友達に会うことだってできない!! そんなお兄ちゃんの悲しみをあんたなんかに……」
「本当に悲しんでいるのか?」
「……!?」
老人は窓の外から地面をのぞいた。
その場所は、先ほど青年がのぞいていた場所だった。
「前の店主の息子は、跡を継ぐ気があったものの、才能はなかった……前の店主が生きていたころのウワサだ。そんな息子が、今はちゃんと人形店を継いでいる」
「……」
「少なくとも、充実していない顔には見えなかったぞ」
1階のアトリエでは、変異体の少女と六本腕の青年がいた。
「この青い腕は、僕が思い浮かべた形に人形を作ってくれるんです」
「ソノ腕デ……アノ人形ヲ?」
「ええ。僕の人形をぜひ、あなたの旅に連れて行ってください」
青年は、四本の青い腕を動かし始めた。
線路を走る電車が、音を出して走り去る。
目的地に向かって走る電車の中で揺れる乗客たち。
その中でも、ひときわ異彩を放つ存在がいた。
ひとりは老人。
もうひとりは黒いローブで姿を隠した変異体の少女。
その少女は、蝶のような羽に黒い球体、青色の三つ目がついたぬいぐるみを抱きかかえていた。
和室の一室で、少女は目を覚ました。
ローブを着ていない少女は、“変異体”と呼ばれる化け物だ。
全身が影のように黒く、女性のような体形に長く伸びた爪、髪は顔を覆い、腰まで伸びている。
髪の隙間から、眼球の代わりに目の穴から青い触覚が生えているのが見えた。時々、それは引っ込み、瞬きが終わるとまた出てくる。
「……ココ……ドコ……?」
窓の景色から、ここは建物の2階のようだ。
起き上がった変異体の少女は辺りを見渡しながら、被っていた布団から抜け出し、側に置かれていた彼女のローブとバックパックを手に取った。
一方、その隣の部屋では二人の人物が互いに向かい合って正座をしていた。
「ごめんなさい、お兄ちゃん……でも通してしまったら……お兄ちゃんが見つかると思って……」
一人は先ほどの店員だ。
先ほどとは違う目つきからあふれる涙は、重力に沿ってたたみに吸い込まれていく。
「君が僕のことを考えてくれるのはわかるよ。だけどね、殴る必要はないだろう。ましてや一人はおなかを押さえていたんだよ?」
もう一人は、腕が六本もある青年だ。
背中から生えている青い四本の腕を除けば、普通の成人男性と変わらない。
「……」
障子が開き、ローブとバックパックを装備した変異体の少女が入ってきた。一斉に少女を見るふたり。
「……あなた、なに勝手に汚れた手で障子を開けているんですか」
店員はすぐに1階の時の表情に戻り、冷たい言葉を放った。
「こら、さっきも言っただろう? 僕は彼女と二人で話したいから、君は下で付き添いの人を待ってなさい。ちゃんと連れてくるんだよ?」
店員は黙ったまま、和室から立ち去った。
「……妹が失礼しました。どうぞ、楽な姿勢でお座りください」
「……」
青年に促されて、変異体の少女は店員が座っていた場所で人魚座りをした。
「あなた、窓ガラスに引っついていた人ですよね?」
興味があるように笑みを浮かべる青年の言葉に、変異体の少女は少しだけ目線……のようなものをそらした。
「……見テタノ?」
「はい、まさか変異体とは思いませんでしたけどね。何をしているんですか?」
「旅……シテイルノ……」
「変異体が旅……考えたこともなかったな……でもよく考えている。そのローブで変化した部分を隠せれば、人目につかずに歩けるわけだ」
変異体の少女は自分の着ているローブを見た後、青年と顔を合わせた。
「……アナタハ?」
「僕はこの店の店主です。もっとも、“突然変異症”で体がこうなってからは店を妹に任せているんですけど……」
「アノ女ノ人モ……怖クナイノ……?」
「ええ、突然変異症で変化した部分は、人間の肉眼で見ると恐怖の感情を引き起こす作用がある……だけど妹は耐性を持っていたようです。あのおじいさんもそうですよね?」
「ウン……私モヨクワカラナインダケド……」
「最近あったばかり……ってことですか?」
変異体の少女がうなずくと、数秒だけ静寂が挟まれた。
「サッキノ女ノ人……アナタノコトヲ思ッテクレテイルミタイ……」
扉の方を見ながら話題を切り替えるように少女がつぶやくと、青年は少しだけ複雑そうな顔をした。
「……ドウシタノ?」
「あ……いえ……だいじょうぶです」
青年はせき払いをする。
「あの子は……僕を大切に思ってくれる……それはいいんですが、周りに対して冷たすぎます。ちょっとの勘違いで腹にグーパンチする妹がこの星の中でどこにいるんだ……」
「ソウイエバ、オジイサンハ?」
「妹の話だと、公園のトイレに行ったそうですが……」
その時、障子が開き、老人と店員が現れた。
「お嬢さん、無事だったか?」
「お兄ちゃんが何をすると思っていたの!? この変態じじい!」
「……はあ」
相変わらず暴言を吐く店員に対して、青年はため息をついた。
「どうも、彼女がご迷惑をかけました」
老人はあぐらをかく。
「いえいえ、ご迷惑をかけたのは僕の妹です。何かおわびをしなくては……」
青年は考え事をするようにうつむき、すぐに顔を上げた。
「……この女の子を見ていたら、新しい人形のアイデアを思い付きました。おわびとしてそれをプレゼントしましょう」
「ホント!?」「いいのか?」「なんでっ!?」
「本当にお兄ちゃん……人が良すぎるよ……」
和室には、店員と老人が残った。
「……」
「もしもお兄ちゃんが突然変異症にかかっていたことが……ウワサになったら……」
「……捕獲され、隔離されてしまう。そんなことはわかっとる」
軽率に話し始めた老人に、店員は怒りを込めた鋭い目つきを見せた。
「じじいは黙れ!」
「そんなに怒るな。せっかくの美人が台無しだ」
「あんたに何がわかるの!? お兄ちゃんが変異体になってから、外に出ることができない!! 学校にも行けない!! 友達に会うことだってできない!! そんなお兄ちゃんの悲しみをあんたなんかに……」
「本当に悲しんでいるのか?」
「……!?」
老人は窓の外から地面をのぞいた。
その場所は、先ほど青年がのぞいていた場所だった。
「前の店主の息子は、跡を継ぐ気があったものの、才能はなかった……前の店主が生きていたころのウワサだ。そんな息子が、今はちゃんと人形店を継いでいる」
「……」
「少なくとも、充実していない顔には見えなかったぞ」
1階のアトリエでは、変異体の少女と六本腕の青年がいた。
「この青い腕は、僕が思い浮かべた形に人形を作ってくれるんです」
「ソノ腕デ……アノ人形ヲ?」
「ええ。僕の人形をぜひ、あなたの旅に連れて行ってください」
青年は、四本の青い腕を動かし始めた。
線路を走る電車が、音を出して走り去る。
目的地に向かって走る電車の中で揺れる乗客たち。
その中でも、ひときわ異彩を放つ存在がいた。
ひとりは老人。
もうひとりは黒いローブで姿を隠した変異体の少女。
その少女は、蝶のような羽に黒い球体、青色の三つ目がついたぬいぐるみを抱きかかえていた。
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