3 / 162
化け物バックパッカー、人形を背負う。[前編]
しおりを挟む線路を走る電車が、音を出して走り去る。
目的地に向かって走る電車の中で揺れる乗客たち。
その中でも、ひときわ異彩を放つ存在がいた。
「……なんなの? あれ」
彼らと向き合って座っていた女子高校生のひとりは、隣にいる友人に尋ねた。
「なんなのって、顔が怖いけど普通にダンディなおじいさまじゃない。大きなリュックを背負っているから、旅行しているんじゃないの?」
気にせずスマホを動かしている友人に対して、女子高校生は首を振る。
「その隣に座っている人よ。あの魔法使いみたいな黒いローブを着ている人、なんか不気味じゃない? 隣のおじいさんと同じリュック背負っているし」
「怪しい宗教なんじゃない? それとも、おじいさまの趣味とか」
「そうかしら……でも、見ていて本当に気味悪いわ。ちらちらとアゴが見えているけど、その度に寒気がするもの」
「見ると必ず恐怖に襲われる、“変異体”だったりして」
「や、やめてよ!」
「あははは!! あなた、こういう話は苦手だったね。冗談よ!」
「……冗談じゃなかったりするがな」
はしゃぐ二人を見ていた老人は、目線をそらした。
彼女たちの言うとおり、この老人、顔が怖い。
服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドと、この時代にしてはある意味個性的。
その背中には黒く大きなバックパックが背負っている。俗に言うバックパッカーである。
やがて電車は速度を落とす。
止まらなければならない駅が見えてきたからだ。
「ヤッパリ……怪シク見エルノカナ……」
駅前のベンチに座って、少女は自分のローブを気にしていた。
その声は、普通の人間とは言えない。
「勝手に言わせておけばいい。体を見せなければなんの問題もないだろう」
老人はサンドイッチを口に入れた。
「もぐもぐ……ところで……もぐもぐ……そのバックパック……もぐもぐ……背負い心地は……ごくん……どうだ?」
「イイ感ジ。デモコレ……オジイサンノダヨネ……?」
「心配はいらん。ちょうど処分するつもりだったんだ」
老人の背中のバックパックには、変異体の少女が背負うバックパックよりも新しく、そして膨らんでいた。
「完食完食……と。さてお嬢さん、どこか行きたいところはあるか?」
サンドイッチの容器をビニール袋に入れながら老人は少女を見つめた。
「……ワカラナイ。オジイサンハ、コノ街ニハ来タコトアルノ?」
「まああるが……見ない内に随分街並みも変わっているからな……」
「ドコカ印象ニ残ッタ場所ハ?」
「うーむ……一件だけあるが、今もあるかどうか……ひとまず、行ってみるか」
他の人々に紛れるように、老人と変異体の少女は歩道を歩く。
「ドンナ所ナノ?」
「主にぬいぐるみを扱う人形店だ。店は小さいが店長の腕はなかなかでな、密かなファンがよく来ていた店だったんだ」
「ダッタ……?」
「あの店長は俺よりも年上。今も生きているか、今まで通りに人形を作っているかどうかも怪しいだろう」
「死ンデイルカモシレナイノ?」
「そういうことだ。まあ彼には息子と娘がいるが……息子は跡を継ぐ気はあるが、才能は絶望的。娘はそもそも興味すら持っていない……というウワサは聞いた」
「……」
「まあ、見るまではわからないだろうな……到着したぞ」
二人がある店の前で立ち止まると、ローブの少女は看板を見た。
「化ケ物……“ヌイグルミ店”……?」
「店主のぬいぐるみは、よく“化け物”と言われていた。無論、この世界で言う変異体のことではない。奇抜なデザインから、“化け物ぬいぐるみ店”という名称がついた」
説明を終えると、老人はガラスの向こう側をのぞく。
飾られていたのは、猫とウサギが混じったような生物、豆腐のような体にクモのような足が生えた生物、布でできたデスマスク、十個の口を持つ丸い体の生物……
「……昔はよくわからんものばっかりだったが、今のはだいぶマシになっているな。それを差し引いても、このセンスを理解できる子供は残っていな……」
「ナニコレカワイイ」
「……」
頬をガラスに張り付かせているローブの少女。
「……かわいいって、ウサギみたいなやつか?」
「ウウン、3ツ隣ノ丸イ子」
「どこがかわいいんだあ……」
「カワイイヨ、タクサンノ……クチ」
老人はため息をついた。
その様子を、店の2階から眺めている人影があった。
「あの人、僕の作品を気に入っているのか? 顔を見てみたいな……」
「お兄ちゃん、買い物してくるね」
「……ああ」
店の入り口の扉が開き、老人とローブの少女が入店した。
「ワア……!」
少女は純粋なまなざしで人形を見て回る。
「まだガラスに飾られた人形の方がマシだな」
「ソンナコトナイ。コッチノ方ガカワイイ」
「喜ぶならそれでいいが……う……」
突然、老人は腹を押さえた。
「オジイサン、ダイジョウブ?」
「あ……ああ……ちょっと腹が……ここの店のトイレを借りるしかないな……ん?」
“立入禁止。この扉には触れないでください”
老人の目の前の扉には、このような張り紙が貼っていた。
「店員は……」
カウンターには誰もいない。
「……この先か?」
扉を見つめた後、右手の拳でノック。その後に腹に力を入れないように叫ぶ。
「すみません、トイレを貸していただけませんか」
「……オジイサン、張リ紙」
ローブの少女は、扉の張り紙を指差した。
「ああ、わかっとる……だが今は腹が……」
「扉……触ッチャ……駄目ナンジャア……」
ガチャ
扉から、店員と思わしき女性が現れた。表情は不機嫌という文字が書いているかのように険しい。
「……張り紙、見ましたか?」
「ドアノブに触れないでください……だったか?」
老人が答えた瞬間、店員は腹に目掛けて拳をつきだした。
「……キレはいい」
「……!」「……」
店員の右腕の拳は、老人の手に受け止められていた。
「俺はドアノブと扉を勘違いしただけだ。そんなことよりもトイレを貸してくれ」
「……近くの公園を使ってください」
それでも素っ気なく答える店員。
「今は腹の痛みは収まっているが、いずれまた始まる。すぐに立ち去るから……」
「駄目です」
その言葉に老人はため息をついた。と同時に、腹を押さえた。
「いかん、また腹が痛くなってきた……仕方ない、店を出るぞお嬢さん」
少女に告げると、老人は走るように店を去っていった。
「……」
少女は何も言わずにその場に倒れた。店員はつき出したままの左腕を引っ込める。
「何がキレがいいのよ、トイレじじい……」
腹を殴られ気を失った少女を引っ張り、店員は扉へと入っていった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
--
プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
お喋りしよう
津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
ケンちゃんが拾ってきた三毛猫のミーシャは遺伝子操作で作られた知性化動物だった。人間並みの知能を持っていて手術すれば言葉を話すこともできる。
それを知ったケンちゃんはママに手術代を出してと頼むが、ママはなぜかミーシャが喋るのを嫌がりお金を出してくれない。
それを聞いた姉が手術代を出してくれることになり、手術が行われるのだが……
喋れるようになったミーシャの口からとんでもない事が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる