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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
四章-2
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できたばかりの《白翼騎士団》の駐屯地では、午後から剣技の訓練が行われていた。
今は、レティシアとクロースが模擬戦をしているところだ。二人とも訓練時に着用する、革製の簡素な鎧を身につけて、木刀を構えていた。
レティシアよりもクロースのほうが、頭一つ分だけ上背がある。高い位置からの振り下ろされた剣撃を軽くいなし、レティシアはクロースの脇腹に一撃を加えた。
「そこまで!」
審判役のセラが手を挙げると、レティシアは呆けたようなクロースから離れた。
木刀を逆手に持ち替え、厳しい目を部下に向けた。
「大振り過ぎるぞ、クロース。剣を振るときは、もっと小さく振るんだ」
「……でも団長、それだと剣の勢いが足りなくなりませんか?」
「そこは、工夫次第だ。肩でなく肘で――」
レティシアは木剣を両手で持つと、肘だけで頭部の周囲を廻すように木剣の切っ先を動かし、最後に肩を使って振り下ろした。
目を瞬かせるクロースに、最後に「あとは勢いだ」と言い残して、次の対戦者を待つ。
「よ、よろしくおねがいします……」
オドオドとしながら、ユーキが前に出てきた。
セラが開始を合図しようとするのを手で制し、レティシアは深呼吸をした。これは、溜息の代わりである。
「そんなに怯えるな、ユーキ。腕は悪くないのだから、もっと自信を持て。そうだな……わたしのことは、ネズミとでも思えば良い」
「ね……ネズミ、怖いです……」
ユーキの返答を聞いて、レティシアは我慢できずに溜息を吐いた。
「……とりあえず、来い」
レティシアに言われ、ユーキは木剣を後ろに構えながら一息に間合いを詰めた。
その素早さに虚を突かれたものの、次に来るべき斬撃がない。剣を振らないまま、ユーキはレティシアの横を通り過ぎようとしていた。
(まったく――)
ユーキの背中に軽めの一撃を加えると、セラが呆れた顔で「そこまで」と終了を告げた。
「す、すいません、団長ぉ」
「いや。ユーキだけの責じゃない。もっと鍛える時間があれば良かったのだが……な」
木剣をセラに手渡し、審判役をリリンに任せたレティシアは、汗を拭いながら丸太を縦に並べた外壁に凭れた。
セラの手解きで、クロースが構えを直している。それを眺めていると、キャットが横に立った。
視線を模擬戦に向けたまま、無言でいるキャットに問いかけた。
「どうした?」
「いえ。やはり、実力不足だと思っているのですか?」
「実力不足……か。今更な話題だな。そのことなら、もう悩み尽くした。だが……」
それっきり押し黙ったレティシアに、キャットは質問を続けた。
「急に訓練を始めたのは、明日の監査に関係が?」
「……まあ、そんなところだ。ゴガルンは、《ダブルスキル》なんだが……その才のせいか、傲慢さが鼻につく男だ。なにを言ってくるか、想像がつかん」
「ああ、なるほど。間違いなく、あたしが嫌いそうなヤツってことですね」
キャットの軽口に、レティシアは苦笑した。
しかしすぐに真顔になると、訓練風景へと目を戻した。
「苦労をかけるかもしれんが、頼んだぞ」
「わかりました。できるだけ、我慢をしながらやってきますよ」
「ああ……」
短く答えてから、レティシアは静かな溜息を吐いた。
*
夕方になり、俺が夕飯の準備をしているとドアがノックされた。
「こんな時間に誰だ……どちら様です!?」
俺が大声で誰何すると、聞き覚えのある声が返ってきた。
「ランド君! クロースとリリン、あとユーキだよ!」
「え、ああ……ちょっと待ってな」
俺がドアを開けた途端、クロースがリリンやユーキを左右に抱きかかえながら、家の中に飛び込んできた。走ってきたのか、かなり息が荒い。
両脇に抱えられたリリンとユーキは、ほぼ目が点になっている。それは驚きより、ただ呆然としているように見えた。
俺はとりあえず目の前の光景を忘れることにして、ここに来た理由を訊ねることにした。
「なにか用事だったか?」
「うん……そうなんだけど。休憩中に抜け出してきたから、簡潔に話すね」
クロースは俺に答えてから、大きく深呼吸をした。
「あのね。明日、監査役が来るんだって。それで……もし、なにか暴力的というか、団長に不利なこととかあったら、助けて欲しいんだ。お願い!」
「お願いって言われてもな。レティシアは、このことを知ってるのか?」
「ランドさんに甘え……頼ることは、団長は知りません」
抱きかかえられたまま、リリンは答えた。ああ、なるほど――俺を頼ることを思いついたのは、リリンか。
そう思っていたら、今度はユーキが口を開いた。
「あ、あの……あたしが二人に相談したんですぅ。ランドさんを頼れないかって。そうしたら、二人とも協力してくれるって言ってくれて……」
予想外の発案者だったけど、それはそれで、面白い展開だ――と、思ってしまった。あのユーキが、自分の意見を相談するとは、ちょっと成長が垣間見られて嬉しい。
「あたしたち、他に頼れる相手も知らないし。ランド君しかいないんだよ。だから、お願い!」
クロースは二人を抱きかかえたまま頼んできたが……俺は腕を組んでから、三人娘を見回した。
三人の願いを引き受けてやりたい、という気持ちはある。だけど、ただの村人である俺が関わるのは、完全に越権行為だ。
ただ働きをすると、今後の商売にも関わるし……それ以前に越権行為になるが、それはまあ、どうとでもなるか。
俺はしばらく考えてから、リリンたちに告げた。
「俺が身勝手に介入するわけにはいかないだろ。手伝い屋への依頼っていうなら、考えてもいい」
「依頼……え? お金……とるの?」
どこか放心したようなクロースに、俺は頷いた。
「もちろん? この前の魔物討伐のときだって、依頼としてやってたろ。村の中で不公平感が出ると拙いからな。悪いけど、特別扱いはなしだ。依頼料は半日なら六コパル。一日なら十二コパルな」
俺の返答にきょとんとした直後、クロースは俺に迫ってきた。
「わかった……払う! 二〇でも三〇でも払うから!」
「いや、規定料金以外は、必要経費だけでいいから。でも、なんでそこまでするんだよ。騎士団っていっても、雇われ騎士なんだろ?」
俺の問いに、三人は互いに顔を見合わせた。
最初に口を開いたのは、リリンだ。
「わたしたちは……団長に恩義があります。騎士団の皆は大小、形こそは違いますが、それぞれの家で、不要な者でした。それを救ってくれたのが、レティシア団長なんです。この騎士団は、わたしたちにとって、大事な居場所なんです」
リリンの言葉に、クロースやユーキもウンウンと頷く。
俺は訓練生時代のことを思い出しながら、頭を掻いた。
「なるほど、レティシアらしいっちゃらしいか……わかったよ。この依頼は受ける。ただ、俺は手伝いだからな。基本的な対応はそっちで頼む。魔術の使えるリリンはいいとして……ユーキ、おまえはどこまで戦える?」
「ひゃい? あ、あたしは戦いは怖くて……」
「ユーキは、ちょっと臆病なんだけど、剣技は団員の中でピカイチなんだよ。ただ、まあこの性格だから」
クロースの説明を聞きながら、俺は少し考えた。
「よし、ユーキ。おまえ、人が一人だけ入れる穴とか作れるか?」
「ひぇ!? あ、あの……で、できると思います」
「それじゃあ、狙ったタイミングで、狙った場所に作れるよう練習しておいてくれ。クロースは……最悪の場合を考えて、村で山羊とか牛を飼っている人たちに声をかけておけ」
「声を……あ、わかった。けど……あまり危険なことはさせたくないなぁ」
「もちろん。だけど最悪の場合は、手段なんか選んでられないからな」
それじゃあ解散――と言おうとしたとき、俺の背後から衣擦れの音が聞こえてきた。
いつの間に来ていたのか、瑠胡がテーブルのところにいた。
「其奴らの頼みを受けるか、ランド」
「えっと……ええ、まあ。依頼ですしね」
「ほう、そうか」
瑠胡は意味ありげに微笑むと、クロースやリリンたちを見た。
三人娘がほぼ同時に頷くと、瑠胡も無言で頷いた。そんな彼女たちの行動が、どこか秘密めいたものに見えて、俺としては首を傾げるしかなかった。
「えっと……姫様、騎士団の子たちと、なにかあったんですか?」
「うん? ああ……おなごしか通じぬ、符丁のようなものでの。気にするでない」
「はあ……そうですか」
なんだか、はぐらかされた気がするけど……微笑み合う瑠胡や騎士団の三人娘の様子に、俺は追求する気が失せていった。
……まあ、いいか。
とりあえず、今は明日のことを考えたい。でも、その前に飯の準備だ。
俺は三人娘を帰すと、夕食の準備に戻った。
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