屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
27 / 276
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

四章-1

しおりを挟む


 四章 傲慢なる怨み


   1

 大理石が敷き詰められた広間は、天から降り注ぐ太陽で白く照らし出されていた。
 天井はなく、四方を囲う壁も白かったが、そこには薔薇に似た植物で彩られていた。
 廊下を通り抜けて広間に出た沙羅は、僅かに目を細めた。
 人間の姿でいるため、明るさに慣れるまで時間がかかる。視界が戻って来るのを待って、沙羅は再び歩き始めた。
 この先にあるのは、謁見の間だ。
 一定のリズムで歩を進めた沙羅は、正面にある階段の手前で立ち止まった。そして流れるような所作で両膝を床につけると、深々と頭を下げた。


「天竜神様。赤竜の沙羅、只今参りました」


「ご苦労」


 穏やかではあるが感情の読めぬ男の声に、沙羅はその場で跪いた。
 天竜神と呼ばれたのは白髪を後頭部で結った、初老の男だ。前合わせの衣の袖は幅広で、下半身はゆったりとした衣服――袴を身につけていた。
 黄金の装飾のある椅子に腰掛ける天竜神は、一度だけ肩を上下させた。


「瑠胡の様子は、どうだった?」


「は――瑠胡姫様は、人間の村に滞在なされておりまする。粗末な小屋ではありますが、御食事と寝る場所には、ご満足されているようで御座います。ただ……瑠胡姫様の世話をしているのは、人間の男で御座います。なんでもドラゴンのお姿だった瑠胡姫様に、打ち勝った者とのことで……」


 天空神の気配が変わったことに気づいた沙羅は、その圧力にも似た感覚に語尾を濁してしまった。
 恐る恐る顔を上げる沙羅に、天竜神は無感情な目を向けていた。


「己に勝った者がいる――そうであれば、なぜ目的を果たして戻ってこぬ」


「それは……未だ目的を果たされていないためで御座います。相手が人間の男でありますれば、本能のみに頼った行いでは拒絶されると……そう、お考えのようです」


 瑠胡を庇うためとはいえ、報告の一部に嘘を混ぜた沙羅は、緊張から心の臓が激しい鼓動を繰り返していた。嘘が見破られたとき、どうなるか――考えるのが恐ろしかった。
 天竜神の目が険しくなったとき、横から女性が現れた。深紅に白鳥や花の模様をあしらった着物を着て、やや白髪の交じった黒髪を後ろ手に束ねている。
 後頭部で束ねた髪には、翠玉の飾りのあるかんざしを挿していた。


「あなた……そんなに焦るものではありません」


「しかし、麟玉りんぎょく……」


「瑠胡も年頃ですから。本能ではなく、感情として欲した相手なのでしょう。それに、あの子を打ち倒せるほどの猛者であれば、条件は満たしているのです。瑠胡の好きにやらせてもよろしいかと」


「しかしだな……」


「あなただって。わたくしに惚れたと申して、三年も付きまとって」


「んっ! んん゛っ!!」


 麟玉の言葉に被せるように、天竜神は咳払いをした。
 広間中に響き渡った咳払いの音で、場がシンと静まり返った。天竜神は最後に「コホン」と小さな咳払いをしてから、威厳のある顔で麟玉を見た。


「それはそれとして……だ。そやつが瑠胡に乱暴を働く可能性は否定できまい。人間など、理性の薄皮が剥がれれば、なにをしでかすかわからぬ」


「それはそうですが……瑠胡の他者を見る目は、確かですから。今は、それを信用しましょう。それに、あなただって。わたくしと初めて会った夜、わたくしの寝床に侵入してきてお父様に」


「んんんんんッ! んんんんんんんんんんんん゛っ!!」


 連続した咳払いというのを、沙羅は初めて目撃した。
 表情を崩さぬように懸命の努力を続けるために、沙羅は僅かに目を伏せた。


(天竜神様も、普段はもう少し威厳があるのに)


 天竜神は、奥方に超弱い。
 心の中で溜息を吐いたとき、数十秒ほど肩で息をしていた天空神が沙羅へと向き直った。


「赤竜の沙羅よ。瑠胡の元へ行き、様子を見て参れ。ああ、一々の報告はしなくともよい。進展があれば、我に報せよ」


「御意に御座います。ですが一つご質問が御座います。わたくしも瑠胡姫様と同じく、人間の村で過ごすということで御座いましょうか?」


 沙羅の問いに、天竜神は僅かに口を曲げた。


「馬鹿を申せ。おまえまで人間の世に残ってどうする。状況を確認したあとは、ここに戻ってくるのだ」


「……畏まりました」


 沙羅は立ち上がると、一礼をしてから広間を出た。


(瑠胡姫様と共に暮らす、絶好の機会を……)


 歯ぎしりをする思いで、沙羅は自らの失態を恨んだ。面と向かって命じられた以上、瑠胡が滞在する村に残るのは無理だ。
 裏切りとはいかなくても、瑠胡の世話係としての立場を剥奪される恐れがある。
 胸中で怒りを発散させた――その対象は主にランドへの八つ当たりだったが――のち、沙羅はいくつかの階段を上り下りして、庭園へと出た。
 庭園は芝生となっており、周囲を低い壁で囲われている。それ以外はないもないが、ここは憩いの場のために存在していない。
 沙羅は息を吸い込むと、やや前屈みとなった。その途端、首筋に一枚残った鱗から、ドラゴンの羽が現れた。自身の三倍以上もある翼を羽ばたかせた沙羅は、身体を力場の一種が包み込むのを感じた。


(瑠胡姫様……今、御身の元へ)


 羽ばたきの速度を増した沙羅が、空へと舞い上がった。
 力場によって身体が軽く感じる。その感覚に身を任せながら、沙羅は首筋に意識を向けた。


(――竜化)


 念じた途端、首筋から魔力の渦が現れ、沙羅の身体を包み込んだ。程なく――魔力の渦が解けると、沙羅は赤い鱗を持つドラゴンと化していた。
 勢いよく飛翔すると、沙羅は天竜神の住まいから飛び出した。
 沙羅の目に映ったのは、球状の空間だ。その空間の中に、天竜神の住まいがある。球状はいわゆる、神々の領域の一つである。
 レッドドラゴンと化した沙羅は、真っ直ぐに降下を始めた。厚い雲を抜けると、一気に気温が上がる。
 現世へと舞い降りたことを実感しながら、沙羅は瑠胡の元へと急いだ。

   *

「くしゅ」


 いきなりクシャミをした瑠胡に、俺は目を丸くした。ドラゴンでも風邪を引くのか――と感心していると、瑠胡は扇子で口元を隠した。


「ううむ。イヤな予感がするのう」


「予感……なにかあるんですか?」


「そこまでは、わからぬが。それより、仕事の具合はどうなっておる?」


 瑠胡が横を向いた先には、レティシアたち《白翼騎士団》の駐屯地がある。周囲を上端の尖った丸太を並べた壁を囲われ、その中に住まいと厩舎が並んでいる。
 正直、騎士団の駐屯地としては手狭な部類だろう。
 俺は駐屯地を見回してから、瑠胡に答えた。


「まあ、最低限は終わりってところじゃないですか? 実際、まだ未完成ですしね。まあ、監査が無事に終われば良しって話ですし。監査が終わってから、改めて内部とか改装するみたいですよ」


「そうか。その監査とやらは、明日だったか?」


「そうだと思いましたけど。午後にはもう、騎士団はここに引っ越すそうですよ」


 俺が答えたとき、蹄の音が聞こえてきた。
 振り返ると、先触れらしい騎馬が駐屯地へと向かって来ていた。見学に来ていたセラが手を挙げると、先触れはその前で騎馬を止めた。


「監査の部隊は――ゴガルン隊――」


 はっきりとではないが、先触れの言葉が俺の耳まで聞こえてきた。不穏な名前を聞いた気がするけど……気のせいか?
 そこで、親方さんが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 俺は先触れのことを気にするのを止めると、親方さんのところへと歩き始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

変人奇人喜んで!!貴族転生〜面倒な貴族にはなりたくない!〜

赤井水
ファンタジー
 クロス伯爵家に生まれたケビン・クロス。  神に会った記憶も無く、前世で何故死んだのかもよく分からないが転生した事はわかっていた。  洗礼式で初めて神と話よく分からないが転生させて貰ったのは理解することに。  彼は喜んだ。  この世界で魔法を扱える事に。  同い歳の腹違いの兄を持ち、必死に嫡男から逃れ貴族にならない為なら努力を惜しまない。  理由は簡単だ、魔法が研究出来ないから。  その為には彼は変人と言われようが奇人と言われようが構わない。  ケビンは優秀というレッテルや女性という地雷を踏まぬ様に必死に生活して行くのであった。  ダンス?腹芸?んなもん勉強する位なら魔法を勉強するわ!!と。 「絶対に貴族にはならない!うぉぉぉぉ」  今日も魔法を使います。 ※作者嬉し泣きの情報 3/21 11:00 ファンタジー・SFでランキング5位(24hptランキング) 有名作品のすぐ下に自分の作品の名前があるのは不思議な感覚です。 3/21 HOT男性向けランキングで2位に入れました。 TOP10入り!! 4/7 お気に入り登録者様の人数が3000人行きました。 応援ありがとうございます。 皆様のおかげです。 これからも上がる様に頑張ります。 ※お気に入り登録者数減り続けてる……がむばるOrz 〜第15回ファンタジー大賞〜 67位でした!! 皆様のおかげですこう言った結果になりました。 5万Ptも貰えたことに感謝します! 改稿中……( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )☁︎︎⋆。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる

まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。 そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...