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第七章

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一方的に言いたいことだけを言ったレジーナは、逃げるようにして厨房を後にした。最後に吐露した想いに、クロードが驚き、固まったのが分かったからだ。

(……私がクロードを好きなんて、全然、予想もしてなかったってことよね?)

本当は、もっと上手く伝えるつもりだった。あんな風に支離滅裂な言動をするつもりはなかったのに。緊張のせいか、自分でも訳のわからない内に感情が高ぶって、気づけば、「触る」な「嫌だ」と子どものように駄々をこねていた。

レジーナの目にジワリと涙が浮かぶ。

(失敗した……)

最後に言い捨てた「好きだ」という言葉も、「自分の想いをちゃんと伝えられた」という気がしない。それで一体、クロードにどんな反応をしてほしかったというのか。

高ぶった感情を抱えたまま、レジーナは泣き出す前に客室へ逃げ込もうとした。俯いて階段を駆け上がる途中、不意に、頭上から聞きなれた声がした。

「……レジーナ?」

呼ばれて顔を上げたレジーナの視線の先にリオネルの驚いた顔が映る。

「泣いているのか……?」

「違うわ。少し……」

その先が出てこなかったレジーナに、リオネルが近づく。

「少し、何だというのだ。何があった?」

「……何も問題ないわ」

「何もないわけがないだろう?……君が涙するなど……」

動揺を見せるリオネルに、レジーナは笑い出したい気分になる。

(私が泣くのがそんなに珍しいとでも?バカバカしい……)

この三年、レジーナはずっとリオネルに泣かされ続けた。ただ、彼の前では泣かなかっただけ。それに気付きもせず、目の前で起きた事象にだけ心囚われるリオネルが滑稽だった。

「とにかく、あなたには関係ないわ」

彼を避けるため、レジーナは上りかけていた階段を降り始める。今はとにかく、一人になりたかった。

「レジーナ、待て!」

放っておいてくれれば良いものを。下手に正義感の強いリオネルは、例え今は憎む相手であろうと、かつては婚約者だった人間を放っておいてはくれないらしい。拒絶してもなお、後を追ってくるリオネルを振りきろうとして、レジーナは食堂に逃げ込んだ。

逃げ込んだ部屋、いくつものテーブルとイスが並ぶその場所に先客がいたことにレジーナは軽く驚き、足を止める。

(……アロイス?)

その場にいたのは三人。アロイスとエリカが対峙するようにして立ち、アロイスの隣にフリッツが並ぶ。

三人の視線がレジーナを向いた。彼らの間に、いつもとは違う空気が漂う。レジーナの後に続いて食堂へと足を踏み入れたリオネルが、その様子に疑問の声を上げた。

「エリカ?……これは、どういう状況だ?」

先程からずっと、エリカはその顔に困惑の表情を浮かべている。彼女がリオネルの問いに答える前に、アロイスが口を開いた。

「レジーナ、ちょうどいいところに来てくれた」

「……ちょうどいい?」

レジーナがアロイスの言葉を繰り返すと、彼女は「ああ」と頷く。

「今、エリカが階段から転落した際の話を、改めて聞いていたところだ」

「えっ!?」

レジーナは思わずエリカに視線を向ける。傍目には、エリカはただ困っているようにしか見えないが――

「リオネル!」

エリカが、リオネルに助けを求めた。彼は、すぐさまエリカに駆け寄る。安心させるようにエリカの肩を抱き寄せたリオネルが、アロイスに鋭い視線を向けた。

「アロイス、君とて、エリカに当時の記憶がないことは承知しているはずだ。なぜ、今この場でそんな話を?君は、エリカを追い詰めたいのか?」

気色ばむリオネルに、アロイスはユルユルと首を横に振った。

「そんな意図はない。ただ、確かめておきたいと思っただけだ。エリカの階段での事故について、彼女は記憶に無いと言っていたが……」

「まさか、エリカの言葉を疑うつもりか?」

「そうではない。だが……」

もう一度、首を横に振るアロイスから視線を外したリオネルが、フリッツに視線を向ける。

「殿下、殿下もアロイスと同じお考えなのですか?あなたも、エリカの言を疑うと?」

「そんなことは誰も言っていないだろう。落ちつけ、リオネル。アロイスの話を最後まで聞け」

彼の言葉に、まだ何か言いたそうな顔のリオネルだったが、一旦は矛を納めることにしたらしい。その背にエリカをしっかりと庇いながら、アロイスへと視線を戻す。

彼女が、改めて口を開いた。

「私は、時間が経って何か思い出したことがないか、エリカに確かめていただけだ。事故直後はショックで記憶を失っていても、何か思い出すかもしれないだろう?」

アロイスの言葉に、リオネルは自身の背後を振り返る。確かめるような彼の視線に、エリカは小さく頷いて返したが、リオネルの眉間には小さな皺が寄ったままだ。

「しかし、それだけで、こんなにエリカが脅えるとは思えない」

リオネルの疑念に答えたのはエリカだった。彼の服の袖を引き、必死に首を横に振っている。

「ごめんなさい、リオネル。違うの。……私、思い出せないことが申し訳なくて。それで、どうしたらいいのか分からなくなってしまったの」

「……エリカ」

彼女を慰めるようにリオネルがその髪に触れる。困った顔のまま笑うエリカの視線がレジーナを向いた。と、その瞳に喜色が浮かぶ。その理由を考える間もなく、レジーナの背後から声がした。

「あれ?全員集合?」

「っ!?」

「シリルくん!」

背後に立つ男の気配にレジーナが身震いしたのとは反対に、エリカは弾むような声で彼の名を呼ぶ。彼女にとっての絶対的な味方の登場。レジーナは、自身の横を通り過ぎていくシリルを息を殺して見送った。

「あれ?英雄さんはいないの?」

そう言って周囲を見回す彼から視線を逸らしたまま、レジーナはシリルの問いには答えない。代わりに、リオネルが口を開いた。

「見ていないが、あの男に用があるのか?」

「ううん、無いよ。ただ、彼がいると色々と、ね?」

含みを持たせたシリルの言葉に焦れたように、エリカが横から口を挟んだ。

「シリルくん。シリルくんは、私が階段から落ちた時のこと、よく覚えているのでしょう?」

エリカの言葉に、シリルは「ん?」と首を傾げる。そんな彼の反応に、エリカがまた困り顔を見せ、「あのね」と言葉を続けた。

「私、アロイスにあの時のことを聞かれて、全く思い出せなくて困っているの。シリルくんから、もう一度話してもらえないかしら?」

「えー?まだ、そんなこと言い合ってたの?」

シリルの心底呆れたと言わんばかりの反応に、エリカが小さく苦笑する。

「ごめんなさい。確かに、今さらなんだけれど……」

エリカの視線がレジーナに向けられる。

「シリルくんは、レジーナ様が私を突き落とすのを見た、のよね?」

「ああ、うん」

エリカの問いに、シリルはいつも通りの穏やかな笑みで答えた。

「そんなの、嘘に決まってるじゃない」




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