混虫

萩原豊

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第十 渾虫

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赤を示した信号機
無視して進んだその先は
崩壊寸前遺伝の防壁


あれから、様々な資料を読み漁った。

先日、スマトラオオヒラタと共に購入した・・・二匹の大きなコクワガタと、二匹の小さなオオクワガタを見ながら、私は、ある可能性に気がついた。

彼らは、別種であるが、同じドルクス属である。
もし、奇跡的にでも、彼らの「ハイブリッド」が生まれる可能性があるとしたら・・・?

あり得ない。私は、最初そう思っていた。なぜなら、彼らは、そもそも別種なのだから。
だが、彼らは、遺伝的に近い種であるし、分化したもの・・・遠い昔、同じ種であったものが分かれたものだと考えられている。
つまり、奇跡的に、交雑種が生まれる可能性があるかも知れないのだ。

私は、どうやってその可能性を確信とするべきか、わからなかった。
しかし、今の世の中には、コンピューターと言う式神、そしてインターネットという天界がある。
もしかしたら、誰かが情報を持っているかも知れない。

私は、私の中の空想上にあるその「奇跡の可能性で生まれうるハイブリッド」を、間をとって「オオコクワガタ」と呼んでいた。

我ながら安直すぎるネーミングセンスだが、適当に、私の式神へ「オオコクワガタ」と尋ねてみた。

私の予想というのは、いつもよく当たる。
空想の名称は、本物となった。

自然下において、奇跡的にオオクワガタとコクワガタが結ばれることで、その合いの子たる存在が生まれることがあるというのだ。
そして、それは「オオコクワガタ」と呼ばれているらしい。ネーミングセンスが安直すぎるのは、私だけではなかったらしい。

それどころか、それが実在するものなのかを確かめるべく、積極的に「オオコクワガタ」を「作っている」ブリーダーもいた。
そしてそれを、「珍しい存在」として、高値で販売している者さえいた。

人の手によって生み出された「オオコクワガタ」は、幼虫の段階で死亡してしまうケースが多く、羽化の成功率も低く、そして羽化できたとしても、そこからせいぜい数ヶ月・・・
オオクワガタとしても、コクワガタとしても、成虫寿命が非常に短く、更に、種を残すことさえできないのだそうだ。

しかし、オオコクワガタが実在するもの、ということは分かったが、例の「彼」が「オオコクワガタ」だと断定するには至らなかった。

私の式神が提示した、どの資料と見比べても、そこにある「オオコクワガタ」と「彼」は全く姿が異なるのだ。

現在、確認できたオオコクワガタの姿は、どれもオオクワガタの大顎をすらっと伸ばした様な・・・大きなコクワガタの様な・・・
形で言うと、シェンクリングオオクワガタに似た様なものが、ほとんどであった。
一方で「彼」は、一見、少し大ぶりなコクワガタの様な、それでいて、細部に違いが見られる個体だった。

そして、オオコクワガタの性格や力に関する情報は、皆無だったのである。

ここにいる「彼」は、性格が凶暴で、力もやはり、捕獲したコクワガタ、購入したコクワガタ、それぞれよりも、圧倒的に強かった。

ある程度、情報が集まったところで、先日いつもの場所で捕獲した、ほとんど同じ大きさのコクワガタと「彼」を、細部まで観察して比較した。

やはり、「彼」は普通のコクワガタではなかった。大顎の根本はわずかに太く、先端の二股は比較的はっきりとしている。
胸部は、わずかであるが、比較して広い。何よりも目立つ点が、脚がそもそも、明らかに太いのだ。

結局、いくら調べても「彼」の特徴は「オオコクワガタ」の特徴と一致しない。

私は、頭を悩ませていた。恐らくオオクワガタであろう昆虫を、多数放虫している輩がいること、テレビ局がそれに絡んでいる可能性があること、何よりも・・・

これは所詮、私が覚えた違和感を追求したものに過ぎない。
断定的な根拠もなければ、そもそも私は、専門家でさえないのだから。

博物館の協力を仰ぐことも考えたが、凡人たった一人に、相手をしてくれるわけもなかった。
現実は、非常に厳しいものであった。

他にどうすることもできず、私は死に物狂いで式神を操り「オオコクワガタ」の情報をかき集めた。

明らかにそれであると断定できるものや、胡散臭い内容まで、隅から隅まで読み漁った。

そうすると、ある共通点が見えてきた。式神が集めた「オオコクワガタ」の姿は、いずれも多少の差異はあれど、よく似ているのだ。

また、オオコクワガタが生まれる場合は、ほとんど雄の個体であること、また、いずれも、母がオオクワガタで、父がコクワガタであるケースだと言うのだ。

見つけた資料の「オオコクワガタ」は、このケースで生まれた個体達である可能性が、非常に高かった。

そこで私は、一つの可能性を考えていた。

もし、小型のオオクワガタが父で、大型のコクワガタが母だったら?

私は、五匹の大きめなコクワガタ、二匹の小さめなオオクワガタ、そしてただ一匹だけの「彼」を観察した。
大きさは、みな一様に45mmであった。

この大きさであれば、メスのコクワガタと結ばれる可能性は零とは限らない。
ましてや、純粋なコクワガタでさえ、この大きさを優に超えることだってあるのだ。

そして、大きさを追求しないのであれば、オオクワガタを増やすことは、なんら難しい事ではない。
むしろ、頑丈な分、他のクワガタよりもブリードし易いまである。

もし、「輩」の放ったクワガタがオオクワガタだとして、サイズも関係なく、毎年、あるいは数年毎に、大量にオスだけを放っているとしたら・・・?

可能性は十分にあった。

しかし、それを再現して確認するために、私はどうしても、自分の手で「オオコクワガタ」を生み出してみる気にはなれなかった。

本来存在し得ない種を、自身の手で生み出すことに抵抗があったのはもちろん、ブリードの段階で、多数の命が犠牲になることが、明確だったからだ。
そして、それを生み出したところで、今更一体、誰が注目すると言うのだろうか?

何より、「彼」がオオコクワガタだと断定できたところで、根本的問題である「放虫」を止めることには繋がらない。

私は、再び、どうすることもできなくなった。


無知蒙昧の凡人が
聖なる知識に触れたらば
どんな裁きが下るやら
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