齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく【BLアカ】

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

リジンの提案

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 昼食を終えたゼータとリジンは、揃って飯屋を後にした。人通りの多い広場をいくらか歩き、巨大な噴水の脇へと差し掛かった時に、リジンははたと脚を止める。

「あんた、これからどうするんだ」
「…どうしましょう。何も考えていませんでした」
「俺はこの後仕事に戻る。いつまでも匿ってはやれない」
「そうですよね…」

 どうしよう、とゼータは黙り込む。リジンと行動を共にしている今こそ巡回兵の目を免れているが、一人になればゼータは脱走奴隷に逆戻りだ。飯屋に立ち入ることは許されず、今夜の宿を確保することもできない。満足に街中を歩くことすら許されないのだ。しかし片割れ探しの神具無き今、ゼータに残されたドラゴン探しの手段は地道な聞き込みのみ。安全な林地に身を隠していたのでは、1歩も前に進むことは叶わない。八方塞がりも甚だしい。唸るゼータを、リジンはじっと見つめている。

「あんた、俺の縁者になるか」

 ぽつりと吐き出された言葉は、いささか理解が難しい。

「…どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。奴隷の刻印を持たないあんたは、ハクジャの街では生きてはいけない。いずれ巡回兵に捕まって、奴隷市場に連れ戻されることになる。だが逆を言えば、奴隷の刻印さえあればあんたは普通の生活を送れるんだ。俺があんたに縁者の刻印を押してやろうか」
「待ってください。それは私に、リジンさんの奴隷になれという意味ですよね?」
「わかりやすく言えば、そういう意味だ。だが先に言った通り、縁者は主の命令に従う必要がない。外出や買い物に制限も無い。今のあんたの状況で言えば、奴隷の刻印を押していた方が断然都合が良いんだ。人に会う度叫び声を上げられていたんじゃ、人探しはままならないだろう」
「確かにその通りなんですけれど…でもちょっと待って…」

 縁者、ゼータは先ほど仕入れたばかりの情報を、頭の引出しから必死に引っ張り出す。主と縁者との間に主従関係はなく、奴隷は主の命令に従う必要がない。国内各施設への立ち入りに制限はなし、飯屋の利用や酒類の購入も自由自在。主による強制的な服従は不可能で、互いに対等な関係を築くことができる。リジンの説明を一から十まで信じるのならば、縁者となることに不都合は見つからない。しかし奴隷、されど奴隷。暇の途中とはいえ一国の王妃たる者が、仮初とはいえ奴隷の地位に落とされても良いものか。右へ左へと首を傾げ、ゼータは思い悩む。ゼータの視線が外れたところで、リジンの口端が僅かに上がる。

「縁者になると言うのなら、魔具屋に連れて行ってやるよ」
「魔具屋?」
「魔石を原材料に作られる不可思議な道具だ。魔法に酷似する特殊な能力を兼ね備えている。そして奴隷契約に使用する奴隷の刻印は、この魔具屋でしか買うことができない。あんたが俺の縁者になると言うのなら、買い物ついでにその神具とやらの修理を依頼してやる。直せるかどうかは…魔女の腕頼みというところだな」
「魔女って、魔具を作る人のことですか?」
「そうだ。さぁ、どうする」

 魔法に酷似する特殊能力を備えた道具。それをロシャ王国では魔導具と呼んだ。神国ジュリでは神具と呼ばれ、ゼータはそのうちの一つをダイナより借り受けた。遥か遠く離れていても、どこの国にも類似した道具が存在するものなのだ。同様の効果を兼ね備えた道具である以上、道具の構造が極端にかけ離れているとも思い難い。魔女と呼ばれる人物に依頼し、片割れ探しの神具が直るのならば願ったり叶ったりだ。見知らぬ土地での地道な聞き込み作業は不要となる。目の前にぶら下げられた魅力的な提案に、ゼータの心は激しく揺れる。

「あの…奴隷契約っていつでも解除できるんですか?」
「契約の解除は簡単だ。あんたがハクジャの街での任を終えた暁には、いつでも解除してやる」
「奴隷の住まいは…」
「主との同居が基本だな。以前奴隷を住まわせていた部屋が空いている。契約を結ぶというのであれば好きに使って良い」

 奴隷契約の解除は確約され、さらに契約が締結された暁には住まいまで提供されるのだという。ここまでの利を与えられてしまえば、最早ゼータにリジンの提案を断ることはできない。ゼータは笑み、リジンに向けて右手の平を差し出した。

「宜しくお願いします。ハクジャの街での常識も知らぬ、不束者ですか」

 リジンもゼータに、紳士たる笑みを返す。

「必要なことは後々覚えれば良い。じゃあ早速、契約を済ませてしまおう」
「仕事には戻らなくて良いんですか?」
「使用人もいない寂しい店だ。少し昼休みが長引いたところで、誰にも文句は言われない」

 どうやらリジンは、商店の店主又はそれに等しい身分の人物であるようだ。一体どのよう店を営んでいるのだろうとリジンの生業に思い馳せながら、ゼータは魔具屋へと続く道を歩み始める。

***

 15分ほどのときを歩き辿り着いた場所は、茶を基調としたハクジャの街には珍しく、白い外観の建物だ。真っ白な煉瓦を積み上げた建物は2階建て、黄色い窓枠の内側には薄水色の窓ガラスが嵌め込まれている。建物の外観にこれといって奇妙な点は見受けられないが、驚くべきは軒下に並べられた無数の鉢植えだ。人の口唇に酷似した紅花、周囲の騒めきに合わせてうねる小花、虹色の葉を茂らせる灌木。大小様々の鉢植えに並ぶ植物は、ドラキス王国周辺には生息しない奇妙な物ばかりだ。物珍しい植物に張り付きたい衝動を抑え、ゼータは建物にただ一つある出入り口をくぐる。

「ロザリー、いるか」

 リジンの声が鬱蒼とした建物の内部に響いた。鬱蒼というのは物の例えではない。四方を外壁に囲われたはずの建物の内部は、どこまでも続く広大な密林。背の高い樹木が幾重にも葉を重ね、大蛇を思わせる極太の蔦が四方八方へと伸びる。「イラッシャイ」と片言に鳴く七色のおうむが、樹木の幹を離れ青空へと飛んでいく。確かにそこにあるはずの天井と壁は、煉瓦の一つガラスの一欠片すら残さず消え失せてしまった。物理法則を無視した桁外れの魔法の展開に、ゼータは軽い眩暈を覚えるのだ。失神寸前のゼータの心中などいざ知らず、リジンは密林の中を黙々と進む。
 密林を歩く2人の目の前に、巨大な泉が現れた。薄暗い密林の一角に、ぽっかりと浮かぶ藍緑色の泉。泉の周囲は苔生した大岩で囲われていて、天頂から降り注ぐ霧雨が静かな水面に無数の波紋を作る。涙を誘う程に美しい景色であるが、ただ1点奇妙な点が見受けられる。藍緑色の泉の水面に、なぜか飴色の揺り椅子が浮いているのだ。使い古された揺り椅子には一人の女性が腰かけていて、女性の手にはこれまた使い古された1冊の書物。どうやら魔具屋の店主たる人物は、贅沢にも泉のど真ん中で読書に勤しんでいるようだ。

「ロザリー、また店の内装を変えたのか。客人を迷わせるだけの魔法は止めろと言っているのに」

 リジンの声は、苔岩に囲まれた泉にきんと響く。ロザリーと呼ばれたその女性は、飴色の揺り椅子を揺らしながら笑顔で応える。古びた書物は膝の上に開かれたまま。

「素敵な内装でしょう。最近見た風景を参考にしたのよ。泉の色合いを作るのがとても難しくてね。全ての魔法を組み上げるのに3日も掛かっちゃった」
「…もしかして先週店を休みにしていたのは、模様替えのためか?」

 「そう」とも「違う」とも言わず、ロザリーはただ曖昧に笑う。

「それで、リジンさん。今日は何の御用?」
「ああ、奴隷の刻印を買いに来た。今日の奴隷市場で新しい奴隷を買ったから」
「市場で隷属の儀を済ませて来なかったの」
「済ませていない。あそこで隷属の儀を行うのは嫌いなんだ」
「なぜ?」
「舞台に上がらされるだろ。観衆の前で隷属の儀を行えなどと、俺は見世物小屋の猿か?儀式と名の付くものならば個室で粛々と行えと、先日市場の関係者に物申したところだ」
「思った事を腹に留めないあたりがリジンさんらしいわよねぇ」

 軽やかな笑う声を零すロザリーは、徐に右手の指先をぱちん、と鳴らす。軽快な音は密林の中に大きく響き、その瞬間ゼータとリジンの周囲に変化が起こる。仕切り無く降り注いでいた霧雨は突如として止み、代わりに拳大もある巨大な岩石の塊が、ぼとぼとと音を立て土の地面に落ちるのだ。一体どこからこのような物体が。岩石の落ちる元を探し天頂を見上げるゼータであるが、そこには深緑色の樹葉が生い茂るだけだ。

「一つ貰っていく。料金はつけておいてくれ。今日は手持ちがあまりない」

 突然の出来事に驚くゼータを他所に、リジンは地面から岩石の一つを拾い上げた。いや、それは岩石ではない。焼き印だ。平たい円柱の底面には手彫りで文字が刻まれていて、上面には長さが3㎝ほどの短い取っ手が付いている。地面に落ちた焼き印の一つを覗き見れば、底面には崩し文字で刻まれた「従」の文字。続いて覗き込んだ焼き印には「縁」、次は「隷」。話の流れから察するに、これが隷属の儀に使用する奴隷の刻印という物なのであろう。
 焼き印を降らせるのもまた魔法の力であるのか。初めて見る不可思議な魔法にわくわくを隠せないゼータであるが、魔法オタクの興味などそっちのけに会話は続く。

「別件だ。直して欲しい道具がある」
「なぁに」
「俺の奴隷の所有物だ。神具と名の付く道具で、魔具に似た不可思議な力を持つ物らしい。懐に仕舞い入れていたら、奴隷船に揺られるうちに壊れてしまったんだと。珍しい道具だから直してやりたいんだが、どうだ」
「どうかしらねぇ。現物を見てみてみないことには何とも」

 ロザリーの右手がゆらりと掲げられる。手招き。どうやら泉の中心まで神具を持ってこいとの指示のようだ。ゼータは生唾を飲み込み、藍緑色の水面へと爪先を載せる。それは湖であるが、湖にあらず。ゼータが歩くたびに透き通る水面はゆらゆらと揺れるが、靴底に触れる感触は石床のそれに近い。魔法の見せた幻覚とはいえ、水面を歩くというのは摩訶不思議な経験だ。底の見えない湖面を覗き込みながら、ゼータはふるりと身震いをする。
 無事湖の中心へと辿り着いたゼータは、改めてロザリーの姿を上から下へと眺めた。ぱっちりと大きな瞳を持つ美しい女性だ。花柄模様のワンピースに包まれた肢体は肉付きがよく、揺り椅子の動きに合わせてたわわな乳房が揺れる。肩甲骨のあたりで切り揃えられた群青の髪には、枝毛一つ見当たらない。円らな瞳も髪と同じ群青色であるが、ロザリーの向く方向によっては青、緑と色合いを変える。湖面と同じ色合いの瞳に心奪われながらも、ゼータはロザリーに向けて懐の布包みを差し出した。

「これが神具です。かなり激しく壊れてしまっていますけれど」

 ロザリーは揺り椅子から腰を浮かし、布包みを受け取る。紅を付けた指先が包みを開けば、中から現れる物は生卵のごとく無残に割れた片割れ探しの神具だ。ロザリーは揺り椅子に身体を預け、手のひらで神具を弄ぶ。

「これ、何に使う道具なの?」
「片割れを探す道具です。台座に底蓋が付いているでしょう。例えばそこに耳飾りの一方を入れると、もう一方の耳飾りを探してくれるんです。探せる物は同一素材の物体に限られるので、用途はかなり限定されますけれど。道具が正しく動作すると、ガラス玉内部の船の舳先が目的物の方向を指します。元々ガラス玉内部は液体で満たされていたんですけれど、ガラスが割れて全て溢れてしまいました」
「ふぅん…そうなの」

 ロザリーの指先はくるくると神具を回し、やがて木製の台座に備えられた底蓋を開けた。底蓋の内側から摘み上げられる物は、神具の作動に必要不可欠な片割れの指輪。

「この指輪が片割れということね。もう一方の指輪はどの方角にあるの?」
「東です」
「そう。なら道具の動作確認のために、指輪も一緒に預からせてもらうわ」
「…直りそうですか?」
「何かしら近しい形に組み直すことはできると思うわよ。ただ私の作った道具ではないから、仕組みを解明するのに多少お時間を頂くわ。まずは1週間、1週間あれば修理の目途が立つと思うから、一度文を送らせてもらうわね。リジンさんのお宅宛で良いでしょう?」

 ロザリーがそう言えば、遠く離れた湖縁からリジンの声が飛んでくる。

「店の方に送ってくれ。自宅は郵便受けが壊れたままだ」
「…そのくらい、すぐに直しなさいよ」

 その後ロザリーとリジンの間では、いくつかの事務的なやり取りがなされる。2人の会話を右から左へと聞き流しながら、ゼータは足元の湖面を覗き見た。ゼータが身動ぎをするたびに、ゆらゆらと揺らめく藍緑色の湖面。絶望を思わせるほどに暗い湖の底には、生物の骨を思しき物体が沈んでいる。とても大きな骨だ。白樺を思わせるほどの巨大な骨が、何本も何本も。折り重なるようにして沈んでいる。然して珍しくもない生物の末路が、湖の底にあるだけでこんなにも美しい。
 茫然と湖面に見入るゼータの耳に、ロザリーとリジンの声が届く。

「契約室を使うでしょう?1番の部屋は予約が入っているから、2番か3番の部屋を使って頂戴」
「わかった。帰りは裏口から失礼するぞ」
「構わないわよ。じゃあ、またね。道具は責任をもって直させてもらうから」
「おいあんた、用は済んだ。行くぞ」

 最後のリジンの言葉は、ゼータへと向けたものだ。ゼータはロザリーに別れの挨拶を述べて、湖面を渡り湖縁へと舞い戻る。そうしてひらひらと手を振るロザリーに見送られながら、2人は不可思議な密林を後にした。
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