齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく【BLアカ】

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緋糸たぐる御伽姫

10.過去の遺物

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 昼食を終えた一行は、王宮の玄関口から屋外へと出た。アーチ状の扉の外には白を基調とした美しい広場が広がる。王宮が立てられた間もない頃には、年に一度この広場に民が集まり、声高に語られる王の言葉を聞いた。広場に面する王宮の2階部分はバルコニーになっており、そこに立つと白の広場を広く臨むことができるのだ。最も国が平穏となった後、年に一度の王の公言は途絶え、装飾に囲まれた2階のバルコニーに立つ者もいない。かつて多くの民を収めた白の広場は、ただ民と官吏が往来するだけの道のりとなっていた。一行は広場を横目に見ながら歩き、王宮の北側に立つ荘厳の建物の前に立つ。

「この建物については昨日の講義の中でもお話ししました。聖ジルバード教会と呼ばれるドラキス王国最古の建物です。正確な建設時期は分かりませんが、今から1500年以上も前に建てられたと言われています。勿論修繕や改築を繰り返しておりますがね。最上階は鐘楼になっていて、高さは10階ほどに位置します。しかし残念ながら聖ジルバード教会の大部分は現在立ち入ることができません。吹き抜けの大聖堂部分は図書室として開放されていますが、それ以外の上階部分は鉄格子に閉ざされています」
「図書室のためだけに、これだけの巨大な建物を維持しているのですか?」

 荘厳の教会を見上げ尋ねた者は、サーリィという30半ばほどの女性だ。ロシャ王国では建築に携わる仕事に就いているのだと言う。

「いえ、そうではございません。聖ジルバード教会を維持する真の目的は、過去の過ちを忘れぬためです」
「過去の過ち、とは?」
「ドラキス王国が建国される前、この土地がジルバード王国という国家であったことは昨日の講義でお話ししましたね。当時ジルバード王国を治めていた王の名をアダルフィン、奴隷制を採用した暴虐の王でした。彼は人間を含む精霊族、妖精族、小人族など自らが弱小と決める種族を虐げ、奴隷として売買し国を潤していたのです。そしてアダルフィン旧王が居住したジルバード王宮が、現在の聖ジルバード教会の原型です。改修を繰り返し外見は大分変わっておりますがね。それでもアダルフィン旧王の暴政を忘れぬようにと、聖ジルバード教会はこうして現在まで姿を残しているのです」

 皆が1500年前の面影を残す壮麗の城を見上げ、かつてそこに存した暴虐の王を思い起こした。

 聖ジルバード教会の門前を後にした一行は、併設されている孤児院へと向かった。孤児院には現在人間、魔族合わせて20人に及ぶ子ども達が生活している。子どもたちは孤児院の一室で授業を受けている最中で、薄く開いた孤児院の窓からは子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

「孤児院にいる者は、ポトスの街で孤児となった子ども達ですか?」

 尋ねる者は、老齢のアンガスだ。

「いえ、ポトスの街には民営の孤児院がありますので、普通はそちらに入ります。この孤児院にいる者は王宮で働く官吏や侍女、兵士の縁者であった子ども達です」
「王宮の縁者で20人もの孤児がいるのですか」
「ええ。平穏と言われるドラキス王国ですが、ポトスの街を離れれば魔獣は出ます。魔獣の討伐は王宮の兵士の任ですので、相対する魔獣が強大であると死者が出ることは免れないのです。他にもポトスの街を離れ周辺集落への視察に行くうちに、魔獣に襲われるという事故もあります」
「致し方ない事故ですな。ロシャ王国の国土にも魔獣は出ます。痛ましい事故は後を絶たない」
「ドラキス王国の南方にはバルトリア王国という魔の国があります。千年を超えて王の立たぬ荒れた国土。いくら王国内の魔獣を討伐した所で、バルトリア王国の国土から魔獣が流れ込んでくるのですよ。王の即位を待つばかりです」

 シモンはそう言うと、王宮を超えた遠い南の空を指さした。

 孤児院を離れ王宮の裏手に向かって歩くと、王宮で働く官吏と侍女、兵士らが住まう白の街と呼ばれる場所に入る。白の街の大きさは南北に200m、東西は600mにも及び、王宮で働く者の縁者も含めれば千人以上が暮らす巨大な街だ。
 街の中心には東西を貫く大通りがある。王宮の裏手側を西端とした大通りは、ポトス城の東門へと続いている。石畳の引かれた大通りの両脇には、高さが3階建てほどの家屋が立ち並ぶ。建物は全て壁を白、屋根を朱色で統一されており、ポトスの街に似せて作られた街並みとなっている。この白塗りの建物の立ち並ぶ様が「白の街」と呼ばれる所以である。大通りから小路を抜けた先にある裏路地も、同様に白塗りの建物が整然と立ち並んでいる。一行は大通りをメインとしながらも、時々狭い小路を抜けては迷路のような白の街の街並みを楽しんだ。

「あまり人の姿はありませんね」

 凹凸のある石畳に四苦八苦しながら、訪ねた者はメアリであった。歩きやすい平靴を履いたメアリであるが、やはり王族の立場では街歩きに縁はないらしい。割れた石畳を避け、石や小枝を飛び越えるメアリの姿はまるで愛らしい小動物のようだ。横を歩くサーリィが時折「メアリ様、そこに毛虫がおります」などと注意を促している。歩きなれぬメアリに合わせ、皆の歩調は自然とゆっくりになる。

「街に住まう者の大半は仕事に出ておりますから、今街に残る者は王宮関係者の縁者のみです。それでもポトスの街から商人が来る日はもう少し賑やかなんですけれどね」
「白の街に商人がいらっしゃるのですか?」
「週に3度やってきます。大通りに天幕を立てて、食料品や日用品を売るのです。何でもありますよ。肉や野菜、弁当、衣服、化粧品、玩具。生活に必要な一通りの物は、ポトスの街に下りずとも購入することができます。平日はそれほど天幕の数は多くありませんが、毎週の公休日は凄いですよ。ごった返す人で天幕に近づくことができないほどです。明日が丁度その公休日ですね。使節団員の皆様も予定は入っていないと存じますから、人波に揉まれる覚悟があればどうぞ足を運んでみてください」

 細い裏路地を歩き、再び大通りへと出る頃には皆が思い思いに談笑を楽しんでした。メアリはサーリィと流行の歌曲の話題に花を咲かせながらも、時々思い出したように石畳を這う毛虫を飛び越えている。マルコーはアンガスと義塾の話題で盛り上がっている。シモンも白の街に関する話題は尽きたようで、別の使節団員と談笑を重ねている。
 ルナの話し相手は専らクリスであった。王宮の侍女が王子と噂する顔面の持ち主であるクリスは、内面までも王子に等しい。妃候補のルナを相手に物怖じをせず、聞き上手ながらさりげない話題の提供もお手の物。更には隣を歩きながら、石畳の歩きやすい方へと自然とルナを誘導するという王子様ぶりだ。クリスほどの男前がメアリと連れ添えばさぞかし絵になるだろう。そう想像を膨らませながらも、ルナはせっせと会話に興じるのである。

「散策に参加されるということは、ルナ様はポトス城内について余り詳しくはない?」
「詳しくないですよ。白の街に立ち入ったのも今日が初めてです」
「レイバック様は王宮内に居住されているんですよね。会いに来るということはなかったんですか?」
「ないですねぇ。レイバック様と会うときは、いつもポトスの街中でした。仕事で王宮に来ることはありましたけどね。それも研究所の予算書や人事書類を提出しに来るくらいのものです。王様に謁見を申し出るような案件は今までにないですね」

 さらさらと言葉を並べるルナを前に、クリスは心なしか驚いた表情である。

「ルナ様は本当に研究職に身を置かれているんですね。妃候補となる方ですから、研究職は副業程度で、別に高貴な地位を持つお方なのかと思っていました。例えばドラキス王国内集落首長の御息女であるとか」
「まさか。毛先から爪先に至るまで余す所なく研究員ですよ、私は。だから王妃候補と言われても、正直不安しかないんです。お試し期間として王宮に滞在しろとレイバック様のご指示ではありますが、やはりお前に王妃の座は務まらんと、熨斗のしを付けて研究所に送り返される可能性もありますから」

 それらしい話を並べながら、良い案だとルナは思う。根っからの研究員であるルナが王妃に向いているはずもない。外交使節団が帰国した後は、それを理由に王妃候補から外してもらえば良いのだ。「お試しとして王宮に滞在してもらったが、やはりルナに王妃の座は務まらない。破談」レイバックの口からそう語られれば誰も文句など言わないだろう。何なら今からせっせと小さな失敗を積み重ね、来るべき時に備えておいても良い。報酬を頂くのだからその位の協力は惜しまない。良いことを思いついたと密かに口の端を上げるルナであるが、クリスはルナの言葉を本心からの憂慮であると受け取ったようだ。気遣うような声色がルナに向けられる。

「杞憂でしょう。レイバック様がルナ様を妃候補から外すなどとあり得ません」
「…そうでしょうか?」
「そうですよ。レイバック様は一途にルナ様を想っていらっしゃいます。昨日の姫抱きなど良い例じゃないですか。例え恋人同士であっても、人前での姫抱きなどそう簡単にできる芸当ではありません。それもあれほど迷いなく軽やかに。昨日のレイバック様のお姿は、同性ながら惚れ惚れ致しました」
「…そうですね」

 確かに男性としての生活が長いゼータも、女性を姫抱きにした経験などない。その存在を知ってはいても中々実現に移せぬ芸当、それが姫抱きである。ルナはその芸当を迷いなく実現に移したレイバックに心の中で賛美しながらも、同時に「余計なことをしおって」と文句を連ねるのである。メアリ姫との結婚話を体よく断るためには、仲睦まじさの演出は不可欠だ。しかし度が過ぎると、いざ関係を解消することが困難となる。関係解消を見据えた適度な演出が必要になると、ルナは密かに心に留め置いた。

 話す内に一行の足はポトス城の東門へと近づいた。この頃には辺りには全くと言って良いほど人影がなく、立ち並ぶ建物の窓にも生活感はない。白の街の東部は一時的な宿舎として使われる場所だ。国内での大規模な紛争や魔獣討伐がある場合に、徴兵された兵士が住まう場所である。
 東門の目前には緩やかな坂道があった。煉瓦色の石畳を敷き詰めた小路。小路の先には小さな円形の広場がある。そしてその広場には、小路と同じ煉瓦色の石畳が敷かれている。円形の広場に皆が立ち入ったことを確認し、シモンは静かに語り始める。

「今皆様が通って来た煉瓦色の坂道は、赤の小路と呼ばれる場所でございます。昨日の講義でドラキス王国建国の歴史をお話ししました。1026年前、暴王アダルフィンは配下を失い、聖ジルバード教会―当時のジルバード王宮より逃亡致しました。王宮を捨てただ一人敗走したアダルフィン旧王は、赤の小路でレイバック王に追い詰められ、そしてこの広場の中心で首を討たれたのです」

 シモンは自身の足元を指さした。広場の中心にあたるその場所には、2つの星の紋様が重なり合うように描かれている。雨風に晒され、すっかり掠れた赤と黒の星。そこにあると言われなければ、まず間違いなく見落としてしまうだろう。

「星の紋様には何か意味が込められているのですか?」

 尋ねた者はメアリだ。慣れぬ石畳の上を長く歩いたために、息は切れ白肌の頬は上気している。

「赤の星はレイバック王を表しています。王は緋色の髪をお持ちですからね。そしてもう一つの黒の星は、建国におけるレイバック王の協力者を表しています。ジルバード王宮陥落に多大なる貢献をしたとされる者です」
「レイバック様の協力者ですか?昨日の歴史の講義で、そのようなお話はありませんでした」
「この話は歴史書には載っておりません。確かな事実ではないのです。当時アダルフィン旧王は、ジルバード王宮に多くの臣下と武装した兵士を滞在させておりました。しかしアダルフィン旧王が討たれたと知った城下の民がジルバード王宮に立ち入った時には、王宮内にいた臣下と兵士は皆殺害されていたのです。王宮に幽閉されていた奴隷を除き、生き延びた者は誰一人おりませんでした」
「レイバック様が敵陣を滅ぼしたのではないのですか?」
「表向きはそうなっています。レイバック王はたった一人でアダルフィン軍勢を打ち倒したと。しかしどうにも不可解なのです。アダルフィン旧王の配下は、ことごとく凄惨な死を遂げておりました。それは明らかに魔法による犯行です。しかしレイバック王は魔法がお得意ではない。ゆえにレイバック王には魔法に長けた協力者がいたという推測がされたのですが、王がそれを知らぬと言うのです。協力者などいなかったと。幽閉されていた奴隷の中にも目撃者はおらず、表向きレイバック王は単身でジルバード王宮を落としたとされました。名も顔もわからない人物を史実史に載せることはできませんから。しかし史実史にこそ載らずとも、そこにいたであろうドラキス王国建国の役者が歴史から消えるのは忍びない。そう考えた王宮建築当時の官吏が、星の紋様として真の歴史を刻んだと聞いています」
「…そうなのですか」
「この話は史実史にこそ載っておりませんが、現在絵本として広く民の間に普及おります。ドラキス王国に暮らす者であれば誰でも一度は耳にしたことのある、御伽話という所でしょうか。絵本の中ではこの幻の協力者を、太陽のような眩しい緋髪のレイバック王と対にして、月を意味するルナという名で親しんでおります。この国にルナという名の女性が多い所以でございますね」

 シモンはルナの顔を一瞥し、それから話は終わりとばかりに身体の間で手を叩いた。

「長くなりました。そろそろ兵士の訓練場に参りましょうか。あ、ちなみに星の紋様はポトス城内に何か所か描かれておりますので、時間があれば探してみてくださいね」

 使節団員の間からはささやかな笑いが起き、一行は東門を出て最終目的地である兵士の訓練場へと向かった。
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