24 / 247
転生と記憶
7 鋼の獣
しおりを挟む
地下壕の入口では、全身を覆う板金鎧を着込んだカールソンが、彼の三分の二ほどの背丈のアウロラを見下ろしている。その体格差は大人と子供どころか、別種の生物が対峙しているようだ。
「おう子供、ロブネルがひでえことをしたな。おれが代わりに謝ってやる。おれのほうが先に兄貴の部下になったんだからな」
アウロラは応えずに距離をとり、アルフォンスの傍まで後退りする。
「おれたちはここの女山賊に用があんだよ。道をあけてくれや。なんで子供がこんなトコにいんのか知らねえけどよ」
「……じゃあどうぞ、って通すと思う?」
「なんだと」
「さっきの奴だって、私が足止めしてたのよ。ちょっと考えたらわからない? 体の大きさに合った脳みそは入ってないみたいね!」
「お、おれをバカにしやがったな!」
カールソンはまたたく間に顔を紅潮させ、鎧の隙間から湯気が上がりそうな勢いで激怒した。目の部分が僅かに空いているだけのグレートヘルムで頭部全体が覆われているが、その憤激ぶりには小動物も巣穴に身を隠す。
騒ぎに気付いた山賊たちが数名、ようやくアウロラのもとに駆けつけた。彼女が長らく待ち望んだ助勢だ。これでようやく、心置きなく戦うことができる。
「アルをお願い! 怪我してるの」
「お、おい、大丈夫か、あんなの」
「任せて!」
アウロラが手にしている鎚鉾は本来、刀剣の通じない板金鎧を叩き潰すための武器なのだ。小ぶりとは言え、その用途に変わりはない。
強弓から射られた矢のように飛翔したアウロラは、渾身の力を込めて鎚鉾をカールソンの頭部に叩きつけた。鋭い金属音が坑道内に響き、後ろで見ていた山賊の一人が、やった、と小さく声を上げる。
「なんてすばしっこいガキだ。ロブネルより早えじゃねえか」
「痛……」
アウロラは鎧の肩口を蹴って飛び退き、右手首を押さえてうずくまっている。鎚鉾が回転しながら宙を舞って床に落ち、下り坂を転がり落ちていった。
「兄貴がおれのために特別に仕立ててくれた鎧だ。大岩がぶつかったって効かねえぜ!」
カールソンの巨体を包む板金鎧は、一般的なものと比べて金属板の厚みが数倍もある。その重量は、並の力自慢程度では着て動くこともままならない程だ。
「こいつを装備できんのは、世界中でおれだけだ!」
「……頭の中まで筋肉でできてる奴なら、そんな鎧もお似合いね!」
「ま、まだ言うか!」
なおもアウロラは挑発し、両腕を広げて襲いくるカールソンを事もなげに躱した。
カールソンは武器を持っていないが、その膂力と鎧の重量にまかせて腕を振り回すだけで、充分な凶器となる。振り下ろされた鉄の拳は、地下壕の敷石をやすやすと叩き割った。
せわしない金属音を上げて鈍重に動き回るカールソンに捕まるアウロラではなかったが、一方で攻め手を欠く状況が続いていた。アウロラが回避を続けながら徐々に後退すると、戦場は少しずつ地下壕内部へと移ってゆく。
「嬢ちゃんじゃ分が悪そうだな」
「かと言って頭領は戻ってねえし、どうする、採掘用のハンマーでも持ってきて殴りかかるか……」
「そのくらいしか手は無さそうだな。通じるかどうか、ひとつやってみるさ」
遠巻きに戦況を監視していた山賊たちの中から、数人がその場を離れた。彼らの手にしている短剣や手斧では、カールソンの鎧にかすり傷を負わせるのが精一杯だろう。
アウロラは弾け跳んだ鎚鉾を拾い、打開策を考えながら、いまは致命傷を避けつつ時間稼ぎに専念するほかなかった。
分厚い金属鎧だけあって関節部分の可動域は小さく、側面や背後には腕の届かない死角があるようだ。だが隙を縫ってそこに飛び込んだところで、攻撃が通じないのでは意味がない。
工具置き場に走った幾人かの男たちと入れ替わりに、料理番のエステル・マルムストレムがアウロラの身を案じて駆けつけた。
「まったく、あんたらは小さな女の子ひとりに戦わせて」
「そう言わねえでくれ、あんな鉄でできたクマみてえなモン、どうしろってんだ」
「何人かハンマーを取りに走ったが、あのデカブツの鎧はそれでも潰せるかどうか……」
「鎧……動きは鈍いけど、なるほど厄介そうだね」
機械仕掛けのように動くカールソンを見ると、エステルは眉をしかめて腕を組んだ。彼女はすぐに一計をひらめいたようで、山賊のひとりに向き直る。
「さっき走ってった連中に、採石用の金網を探してきてもらおうかね」
「金網? 石をまとめて運び出すためのやつか?」
「そう、それよ。それからルインを呼んで」
「最近どうも招いた覚えのねえ客が多くてな……お前ら、一体誰にここを紹介されてきたんだ?」
地下壕の入口を守るように立っていた二人の男に、リースベットがうんざりしたような声をかけた。マントを羽織ったフェルディンが振り向く。蓬髪のミルヴェーデンはいち早く接近に気付いており、曲刀の柄に手をかけ隙なく身構えている。
「その姿……山賊の首領だな、お前に用がある。あと僕たちは正式な客人ではない」
「んなことは分かってる……」
「双剣の女山賊……儂に任せるという約束だったな」
ミルヴェーデンがフェルディンに念を押す。
「ああ。手は出さないよ」
「……どっちでもいい。何なんだこいつらは」
「噂に聞こえた双剣、見せてもらおうか」
「おっさんよお……あたしは遊びで殺し合いやってんじゃねえんだぞ」
「無論」
リースベットは人を喰ったような態度を改め、目つきは鋭く変貌した。その刺すような視線を、ミルヴェーデンは開いているのか判然としない双眸で受け止める。
「何者が使嗾したかは、その男に聞くがよい。儂は興味がない」
「ぼ、僕は自らの意志で……」
「そうかい。まずてめえを殺してから、ってことだな!」
リースベットは腰に下げた双剣に手をかけ、弾かれたように前に出た。呼吸を合わせたように、鋭い鍔鳴りが響く。リースベットはとっさに足を止め、陽光が閃いたようなミルヴェーデンの斬撃を避けた。
細く鋭い風が彼女の柔らかな頬を撫で、薄い土煙が舞い上がる。
「彼の剣を避けた?!」
「……危ねえ危ねえ。あと一歩踏み込んでたら真っ二つだ」
「オースブリンクの剣、知っておるようだな」
「ま、知り合いからちょっとな……」
ミルヴェーデンはすぐに細身の曲刀を鞘に収め、ふたたび斬撃を繰り出す姿勢を取る。すり足で少しずつ前進すると、リースベットは同じだけ後退した。
右手は岩に覆われた山肌、左は針葉樹林の下り斜面で、自由に動ける空間は限られている。
「やれやれ、厄介なのに当たったな」
「あの剣を避ける者がいるとは……だが僕は初見でかわしたのだ。そこが違う」
「うるせえぞアホマント!」
ふたたびミルヴェーデンの剣が閃き、リースベットはフェルディンを罵りながら後方に跳び退いた。ミルヴェーデンの攻撃は圧倒的な切れ味で空を切り裂き、刀身が一瞬光を反射して光跡が目に焼き付く。
腰を落とした姿勢でミルヴェーデンは納刀し、表情を崩さず静かに攻めの態勢を保っている。
リースベットは後転飛びで大きく距離を取ると、左のオスカを投げて体制を崩しにかかった。ミルヴェーデンは足を止めて抜刀し、剣撃で飛箭を叩き落とす。その僅かな隙にリースベットが距離を詰めて斬りかかり、長さも太さも異なる二本の曲刀が火花を散らした。
「考えたな。彼の技は回避を捨てて一撃に賭ける剣……身をかわすのは意識の外だ」
「外野でぶつくさと!」
リースベットは鍔迫り合いをリーパーの超人的な腕力で押し切ろうとするが、ミルヴェーデンは剣の鍔を巧みに用いて受け流した。
「やはりそうか。リーパーの力が発現すると、この耳鳴りのような音が聞こえるのだな」
「へえ、大した剣豪だな! リーパーと戦って生き残ったってのか」
「前に戦ったのは……あれは駄目だ。まるで殺気のない男だった」
ミルヴェーデンは横目で背後を見た。その隙に密着して膝蹴りを叩き込もうとするリースベットに対し、ミルヴェーデンは柄尻を下げて防御する。
「……戦争の技とも、金持ちの道楽とも違う剣術だな。初めて見たぜ」
「いかにも、偉大なる師オースブリンクの剣は、人の生きる力を高めるための剣。そなたのような特別な力を、持たぬ者のための技よ」
「その割にゃあ死に急いでるな、あんたは」
「師は、リーパーなど正面から相手にすべきではない、と仰った」
「その教えは守るべきだったと思うぜ!」
ミルヴェーデンの腕を足蹴にして、リースベットは後方へ跳んだ。飛び道具を用いた搦手も、リーパーの力で競り勝とうという力押しさえ、この一見蹌踉とした剣士は凌ぎ切ってみせた。仕切り直さなければならない。
「……アウロラなら、あの剣をかわして懐に入れるかも知れねえが」
速さにおいて優越する少女の名をつぶやきながら、リースベットは次の手立てを考える。
この場にアウロラがいないことはリースベット、ひいてはティーサンリード山賊団にとって好都合ではあった。
――あいつなら、攻め入ったのがどんな奴でも時間は稼げるだろう。それならいっそ、こっちも時間をかけていい。そろそろバックマンが奴を狙える場所につく頃だ。
牽制のためにリースベットは前に出る素振りを見せるが、ミルヴェーデンは剣撃で前進を阻み、その意図を見透かしたように不敵な笑みを見せた。
「……もうひとり、見えておるぞ。フェルディン殿、上に用心せよ!」
「感付いてやがったか」
斬撃の風圧で枯れ葉がつむじを巻く中、リースベットが舌打ちする。
「伏兵か、卑怯な真似を」
「騎士道精神だとかぬかすんじゃねえだろうな? 寝言は山賊や孤児のいねえ理想の世界に行ってから言いな」
「奇襲をかけた儂らは、咎め立てできる立場ではないぞ」
「……ミルヴェーデン、君はどっちの味方だ」
「道理に敵味方の別はない」
「話せるじゃねえか。もう少しイカれた奴かと思ってたぜ」
リースベットは軽口を叩きながら、ミルヴェーデンの剣が少しずつ、伸びと鋭さを失っていることに気付いた。
それほど疲労している様子はない。だがまるで、怪我を誤魔化しながら戦っているような印象を受ける。僅かな切っ先のぶれが空気を掻いて風を起こし、枯れ葉を舞わせているのだ。
膠着していた戦況に変化の兆しを見て取ったリースベットが攻勢に転じようと足を止めると、機械的な金属音が周囲に響きはじめた。ミルヴェーデンも手を止め、徐々に大きくなってゆく異音に意識を向ける。
フェルディンの背後、地下壕の出入り口から、巨大な板金鎧が人語になっていない叫び声を上げながら飛び出してきた。
「カールソン?!」
「……何だありゃ? 祭り用に飾り付けた鎧か?」
全身を覆う鎧に身を包んだカールソンが悲鳴を上げ、躓いて転げ回りながら地響きとともにラルセンの森へと消えていった。
カールソンには体中にロープが巻き付き、金属製の錘のようなものが散りばめられていたようだ。
「な、何があったんだ」
「仔細は分からぬが、あの様子では、カールソンは一敗地に塗れたようだな」
「思えば、到着早々にロブネルが森の彼方へと飛んでいったし……ここは一体どうなっているんだ」
「おう子供、ロブネルがひでえことをしたな。おれが代わりに謝ってやる。おれのほうが先に兄貴の部下になったんだからな」
アウロラは応えずに距離をとり、アルフォンスの傍まで後退りする。
「おれたちはここの女山賊に用があんだよ。道をあけてくれや。なんで子供がこんなトコにいんのか知らねえけどよ」
「……じゃあどうぞ、って通すと思う?」
「なんだと」
「さっきの奴だって、私が足止めしてたのよ。ちょっと考えたらわからない? 体の大きさに合った脳みそは入ってないみたいね!」
「お、おれをバカにしやがったな!」
カールソンはまたたく間に顔を紅潮させ、鎧の隙間から湯気が上がりそうな勢いで激怒した。目の部分が僅かに空いているだけのグレートヘルムで頭部全体が覆われているが、その憤激ぶりには小動物も巣穴に身を隠す。
騒ぎに気付いた山賊たちが数名、ようやくアウロラのもとに駆けつけた。彼女が長らく待ち望んだ助勢だ。これでようやく、心置きなく戦うことができる。
「アルをお願い! 怪我してるの」
「お、おい、大丈夫か、あんなの」
「任せて!」
アウロラが手にしている鎚鉾は本来、刀剣の通じない板金鎧を叩き潰すための武器なのだ。小ぶりとは言え、その用途に変わりはない。
強弓から射られた矢のように飛翔したアウロラは、渾身の力を込めて鎚鉾をカールソンの頭部に叩きつけた。鋭い金属音が坑道内に響き、後ろで見ていた山賊の一人が、やった、と小さく声を上げる。
「なんてすばしっこいガキだ。ロブネルより早えじゃねえか」
「痛……」
アウロラは鎧の肩口を蹴って飛び退き、右手首を押さえてうずくまっている。鎚鉾が回転しながら宙を舞って床に落ち、下り坂を転がり落ちていった。
「兄貴がおれのために特別に仕立ててくれた鎧だ。大岩がぶつかったって効かねえぜ!」
カールソンの巨体を包む板金鎧は、一般的なものと比べて金属板の厚みが数倍もある。その重量は、並の力自慢程度では着て動くこともままならない程だ。
「こいつを装備できんのは、世界中でおれだけだ!」
「……頭の中まで筋肉でできてる奴なら、そんな鎧もお似合いね!」
「ま、まだ言うか!」
なおもアウロラは挑発し、両腕を広げて襲いくるカールソンを事もなげに躱した。
カールソンは武器を持っていないが、その膂力と鎧の重量にまかせて腕を振り回すだけで、充分な凶器となる。振り下ろされた鉄の拳は、地下壕の敷石をやすやすと叩き割った。
せわしない金属音を上げて鈍重に動き回るカールソンに捕まるアウロラではなかったが、一方で攻め手を欠く状況が続いていた。アウロラが回避を続けながら徐々に後退すると、戦場は少しずつ地下壕内部へと移ってゆく。
「嬢ちゃんじゃ分が悪そうだな」
「かと言って頭領は戻ってねえし、どうする、採掘用のハンマーでも持ってきて殴りかかるか……」
「そのくらいしか手は無さそうだな。通じるかどうか、ひとつやってみるさ」
遠巻きに戦況を監視していた山賊たちの中から、数人がその場を離れた。彼らの手にしている短剣や手斧では、カールソンの鎧にかすり傷を負わせるのが精一杯だろう。
アウロラは弾け跳んだ鎚鉾を拾い、打開策を考えながら、いまは致命傷を避けつつ時間稼ぎに専念するほかなかった。
分厚い金属鎧だけあって関節部分の可動域は小さく、側面や背後には腕の届かない死角があるようだ。だが隙を縫ってそこに飛び込んだところで、攻撃が通じないのでは意味がない。
工具置き場に走った幾人かの男たちと入れ替わりに、料理番のエステル・マルムストレムがアウロラの身を案じて駆けつけた。
「まったく、あんたらは小さな女の子ひとりに戦わせて」
「そう言わねえでくれ、あんな鉄でできたクマみてえなモン、どうしろってんだ」
「何人かハンマーを取りに走ったが、あのデカブツの鎧はそれでも潰せるかどうか……」
「鎧……動きは鈍いけど、なるほど厄介そうだね」
機械仕掛けのように動くカールソンを見ると、エステルは眉をしかめて腕を組んだ。彼女はすぐに一計をひらめいたようで、山賊のひとりに向き直る。
「さっき走ってった連中に、採石用の金網を探してきてもらおうかね」
「金網? 石をまとめて運び出すためのやつか?」
「そう、それよ。それからルインを呼んで」
「最近どうも招いた覚えのねえ客が多くてな……お前ら、一体誰にここを紹介されてきたんだ?」
地下壕の入口を守るように立っていた二人の男に、リースベットがうんざりしたような声をかけた。マントを羽織ったフェルディンが振り向く。蓬髪のミルヴェーデンはいち早く接近に気付いており、曲刀の柄に手をかけ隙なく身構えている。
「その姿……山賊の首領だな、お前に用がある。あと僕たちは正式な客人ではない」
「んなことは分かってる……」
「双剣の女山賊……儂に任せるという約束だったな」
ミルヴェーデンがフェルディンに念を押す。
「ああ。手は出さないよ」
「……どっちでもいい。何なんだこいつらは」
「噂に聞こえた双剣、見せてもらおうか」
「おっさんよお……あたしは遊びで殺し合いやってんじゃねえんだぞ」
「無論」
リースベットは人を喰ったような態度を改め、目つきは鋭く変貌した。その刺すような視線を、ミルヴェーデンは開いているのか判然としない双眸で受け止める。
「何者が使嗾したかは、その男に聞くがよい。儂は興味がない」
「ぼ、僕は自らの意志で……」
「そうかい。まずてめえを殺してから、ってことだな!」
リースベットは腰に下げた双剣に手をかけ、弾かれたように前に出た。呼吸を合わせたように、鋭い鍔鳴りが響く。リースベットはとっさに足を止め、陽光が閃いたようなミルヴェーデンの斬撃を避けた。
細く鋭い風が彼女の柔らかな頬を撫で、薄い土煙が舞い上がる。
「彼の剣を避けた?!」
「……危ねえ危ねえ。あと一歩踏み込んでたら真っ二つだ」
「オースブリンクの剣、知っておるようだな」
「ま、知り合いからちょっとな……」
ミルヴェーデンはすぐに細身の曲刀を鞘に収め、ふたたび斬撃を繰り出す姿勢を取る。すり足で少しずつ前進すると、リースベットは同じだけ後退した。
右手は岩に覆われた山肌、左は針葉樹林の下り斜面で、自由に動ける空間は限られている。
「やれやれ、厄介なのに当たったな」
「あの剣を避ける者がいるとは……だが僕は初見でかわしたのだ。そこが違う」
「うるせえぞアホマント!」
ふたたびミルヴェーデンの剣が閃き、リースベットはフェルディンを罵りながら後方に跳び退いた。ミルヴェーデンの攻撃は圧倒的な切れ味で空を切り裂き、刀身が一瞬光を反射して光跡が目に焼き付く。
腰を落とした姿勢でミルヴェーデンは納刀し、表情を崩さず静かに攻めの態勢を保っている。
リースベットは後転飛びで大きく距離を取ると、左のオスカを投げて体制を崩しにかかった。ミルヴェーデンは足を止めて抜刀し、剣撃で飛箭を叩き落とす。その僅かな隙にリースベットが距離を詰めて斬りかかり、長さも太さも異なる二本の曲刀が火花を散らした。
「考えたな。彼の技は回避を捨てて一撃に賭ける剣……身をかわすのは意識の外だ」
「外野でぶつくさと!」
リースベットは鍔迫り合いをリーパーの超人的な腕力で押し切ろうとするが、ミルヴェーデンは剣の鍔を巧みに用いて受け流した。
「やはりそうか。リーパーの力が発現すると、この耳鳴りのような音が聞こえるのだな」
「へえ、大した剣豪だな! リーパーと戦って生き残ったってのか」
「前に戦ったのは……あれは駄目だ。まるで殺気のない男だった」
ミルヴェーデンは横目で背後を見た。その隙に密着して膝蹴りを叩き込もうとするリースベットに対し、ミルヴェーデンは柄尻を下げて防御する。
「……戦争の技とも、金持ちの道楽とも違う剣術だな。初めて見たぜ」
「いかにも、偉大なる師オースブリンクの剣は、人の生きる力を高めるための剣。そなたのような特別な力を、持たぬ者のための技よ」
「その割にゃあ死に急いでるな、あんたは」
「師は、リーパーなど正面から相手にすべきではない、と仰った」
「その教えは守るべきだったと思うぜ!」
ミルヴェーデンの腕を足蹴にして、リースベットは後方へ跳んだ。飛び道具を用いた搦手も、リーパーの力で競り勝とうという力押しさえ、この一見蹌踉とした剣士は凌ぎ切ってみせた。仕切り直さなければならない。
「……アウロラなら、あの剣をかわして懐に入れるかも知れねえが」
速さにおいて優越する少女の名をつぶやきながら、リースベットは次の手立てを考える。
この場にアウロラがいないことはリースベット、ひいてはティーサンリード山賊団にとって好都合ではあった。
――あいつなら、攻め入ったのがどんな奴でも時間は稼げるだろう。それならいっそ、こっちも時間をかけていい。そろそろバックマンが奴を狙える場所につく頃だ。
牽制のためにリースベットは前に出る素振りを見せるが、ミルヴェーデンは剣撃で前進を阻み、その意図を見透かしたように不敵な笑みを見せた。
「……もうひとり、見えておるぞ。フェルディン殿、上に用心せよ!」
「感付いてやがったか」
斬撃の風圧で枯れ葉がつむじを巻く中、リースベットが舌打ちする。
「伏兵か、卑怯な真似を」
「騎士道精神だとかぬかすんじゃねえだろうな? 寝言は山賊や孤児のいねえ理想の世界に行ってから言いな」
「奇襲をかけた儂らは、咎め立てできる立場ではないぞ」
「……ミルヴェーデン、君はどっちの味方だ」
「道理に敵味方の別はない」
「話せるじゃねえか。もう少しイカれた奴かと思ってたぜ」
リースベットは軽口を叩きながら、ミルヴェーデンの剣が少しずつ、伸びと鋭さを失っていることに気付いた。
それほど疲労している様子はない。だがまるで、怪我を誤魔化しながら戦っているような印象を受ける。僅かな切っ先のぶれが空気を掻いて風を起こし、枯れ葉を舞わせているのだ。
膠着していた戦況に変化の兆しを見て取ったリースベットが攻勢に転じようと足を止めると、機械的な金属音が周囲に響きはじめた。ミルヴェーデンも手を止め、徐々に大きくなってゆく異音に意識を向ける。
フェルディンの背後、地下壕の出入り口から、巨大な板金鎧が人語になっていない叫び声を上げながら飛び出してきた。
「カールソン?!」
「……何だありゃ? 祭り用に飾り付けた鎧か?」
全身を覆う鎧に身を包んだカールソンが悲鳴を上げ、躓いて転げ回りながら地響きとともにラルセンの森へと消えていった。
カールソンには体中にロープが巻き付き、金属製の錘のようなものが散りばめられていたようだ。
「な、何があったんだ」
「仔細は分からぬが、あの様子では、カールソンは一敗地に塗れたようだな」
「思えば、到着早々にロブネルが森の彼方へと飛んでいったし……ここは一体どうなっているんだ」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~
紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの?
その答えは私の10歳の誕生日に判明した。
誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。
『魅了の力』
無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。
お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。
魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。
新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。
―――妹のことを忘れて。
私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。
魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。
しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。
なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。
それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。
どうかあの子が救われますようにと。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる