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【第2部】7章 風と鳥の図書館
8話 花言葉と美少女
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土曜日、朝の掃除を終え掃除道具を片付けていると、いつものように中庭にルカの姿が見えた。
「おはよう、早いな。花の日記か」
「ん。おはよう……」
今日もしゃがみこんでせっせと花の絵を描いている。
先日ベルナデッタとフランツと街に買い物に行った際にスケッチブックと新しい色鉛筆を買ってもらったらしい。
前に見たときよりも色使いが鮮やかに、絵もうまくなっている。
「絵がうまくなってるな。それ、ジニアの花だろう」
「知っているの」
「ああ。花言葉は『不在の友を思う』」
「花言葉? ……何?」
「何……そうだな、大昔に誰かが考えたその花の象徴とか、意味とか……そんな感じのものだ」
「この、ひまわりにも朝顔にも、ある?」
「ああ、確かひまわりは『私はあなただけを見つめる』朝顔は『固い絆』だったかな」
「……男の人はお花に興味がない、知らないって、ジャミルが前言っていた。なぜグレンは知っているの」
「ああ……」
――それはここ数ヶ月、キャンディ・ローズ先生の小説を読んでいるからだ。
話ごとに色んな花が出てきて、花言葉にちなんだエピソードが展開される。
巻末にはエピソードに出てきた花の図鑑がキャンディ先生の挿絵つきで載っている。
その絵がけっこう好きで毎回読んでいるから花言葉も覚えた。
「……うん。すごいだろ」
「ん……」
(って、そこまで喋るほどでもないな……)
キャンディ・ローズ先生からまず説明しないといけないし、まあいいか。
「……グレンは、わたしと同じ」
「……え?」
「レイチェルやジャミルと違う。……喋るのが、下手」
「…………知ってる」
実際、さっきみたいに説明をはしょりすぎて相手を怒らせることがままある。
あとは紋章が見せるままの事を言ってトラブルになったり、ボコボコにされるなどしてきた。
ルカの言うように、俺はルカと同じ――彼女相手に特にイライラしてしまうのは、昔の自分と似ている面があるからだろう。
そのルカにこんな事を言われてしまうとは。
「ルカ……意外と人をよく見ているな」
「グレンは、見ない?」
「……俺のことはいい」
「風紀が乱れるから?」
「風紀?」
「前、ベルが質問いっぱいした時にグレンがそう言っていたから」
「……そうだったか」
――そんな発言したかな? 適当にのらくらかわしていたからな……その場限りで特に記憶に残していないエピソードだろうか。そんなことばかり言ってきたからな……。
(あ……)
――そうだ。
風紀がどうのとか適当に発言してたらジャミルに競馬で大儲けしたことをバラされて、とんでもない墓穴を掘った時のことだ。
レイチェルが心底失望したみたいな顔してて……ルカが最初に『お兄ちゃま』と呼んできた時より引いてたな。
ティーンエイジャーに侮蔑の眼差しで見られるのはけっこうこたえる。
『誤解を招く突き放すような言い方やめたら?』とはカイルの弁だが。
「突き放すような」はともかくとして、説明不足の上に適当な物言いをしていると誤解を招いて手痛いしっぺ返しを食らうのは確かだ。
さすがにボコボコにされたりするようなことは言わないが、少しは改めたほうがいいかもしれない……。
――そんなようなことを考えていると、視界に何か光る物がチラついてきて俺は目を細めた。
何だろうとそちらを見ると、ルカの頭の髪飾りに日光が当たってキラキラ輝いていた。
「その髪飾り、ベルナデッタに買ってもらったやつか」
「そう」
雫をかたどった青や水色の石と、白い貝殻が並ぶ髪飾り。
髪飾りの他には服やブレスレット、それから髪につける香油なんかも買ってもらったようだ。
ワサワサだった髪の毛はその香油とやらのおかげでか、少し癖はあるもののサラサラのストレートになってきていた。
ちなみに街に繰り出す際ベルナデッタに鼻息荒く、
「せっかくルカはかわいいのにおしゃれしないなんてもったいない。隊長、どうして何も買ってあげないんですの」と抗議された。
なぜ俺が買わないといけないのか……「お兄ちゃま」とは呼ばれていたが兄じゃないし、恋人でもない。
確かに彼女の生活費と食費は俺が出しているが、それだって既におかしい。
カイルが最初来た時には「なんで女の子養ってんの? まさか彼女じゃないよな?」とか言われたし。
「これ、キラキラ。かわいい……」
ルカが髪飾りに手をやって、目をうるうるとさせている。
「……そうだな。よく似合ってる」
「わたし、かわいい?」
「え? ああ、そうだな。かわいいな」
「びしょうじょ?」
「び……、ああ、そうだな……うん。美少女だな」
俺がそう言うとルカは満足そうにまた花の絵を描き始めた。美少女って誰が教えたんだ……ベルナデッタか?
「ふぁー……おはようございますー。ルカもおはよー」
「おはよう」
レイチェルがやってきた。起き抜けだからなのか髪を下ろしたままだ。
「今日は早いな」
「う……あはは」
少しバツが悪そうに、レイチェルは髪をいじる。
彼女はいつも起きるのが遅く、10時とか11時とかになってようやく起きてくる。今は7時半だから彼女にしては早起きだ。
朝飯も昼飯も特に必要ないと最初に言ってあるから自由にしてくれていいとは思うが、正直よくそんなに寝られるなと思う。
「レイチェル……髪、サラサラで長い」
「あ、うん……サラサラ、かなぁ? まっすぐすぎて色んなアレンジできないんだよね」
「かわいい」
「え~ルカの方がかわいいよ~。最近髪キレイになったし、その髪飾りもかわいいもんね!」
「…………ん」
自分の髪を一房とってレイチェルは気恥ずかしそうにルカを褒め、そのルカも伏し目がちに笑う。
ガールズトークが始まっている……俺は退散した方がいいだろうと思ったその時、ルカに「グレン」と声をかけられた。
「……ん?」
「わたし、かわいい?」
「あ、ああ。そうだな。かわいいな」
「レイチェルもかわいい?」
「ああ、うん、そうだな。美少女だな」
(って、しまった……ついさっきのルカとの会話のノリで……)
適当な物言いは改めたほうがいいかもなと考えている矢先に、また適当な事を言ってしまった。
パッとレイチェルを見ると真っ赤な顔で口をパクパクさせている。
「グ、グ、グレンさん……あ、頭でも打たれましたか……。び、美少女って」
「……はは」
ルカとの会話の流れを知らないのに「美少女」というワードは確かにおかしすぎる。
いや、でも「美少女とか言ってすいませんでした」と言うのも違うしな……。
「……ちょっと言葉選びが変だったな。でも、かわいいと思うのは本当だから」
「えっ」
「前も言ったけど、下ろしているほうがいいな」
レイチェルはうつむいて「そ、そんな……」とかなんとかブツブツ言っている。
(……そんなにおかしいことを言ったか?)
確かに適当なことばかり言ってはいるが、俺だっていいものはいい、綺麗なものは綺麗くらいは言うんだが。
カイルみたいに『今日もかわいいね』とかキザったらしいことは言わないが……というか、いつもそれ言われてるけど「うんありがとー」ってサラッと返しているじゃないか。
もしやシスコン疑惑のある俺が言うのは気持ちが悪いみたいなことだろうか。
それなら仕方がない。やっぱり適当な話題でごまかそうか……。
「そういえば、あの旅行土産のぶどうジュース、あれうまかったよ」
「ふぁっ!!??」
「えっ」
うまく話題を切り替えたかと思ったのに、奇声を上げられた。……なんなんだ。
未だレイチェルは顔を赤くしたまま……ぶどうジュースの話でなぜそうなる。
「ご、ごめんなさい、えへへ」
「あれずいぶん大きい『かどっこちゃん』が付いてたな」
「は、はい……か、かわいいですよね。あの、あれ……誰かにあげちゃったりとかは……?」
「え? 一人暮らしの俺の部屋に飾ってあるけど」
「かかかかかか飾ってある ですって!?」
「え……うん。枕元に置いて時々もちもちしてるけど。あれ、さわり心地いいな」
「な、なんと……そ、そ、そうですね……その、癒やしグッズですしね! あの、こ、これからも、もちもちしてあげてください……」
消え入りそうな語尾。『なんと』って何だ。
「わ、わたし、わたし……に、二度寝してきますっ!」
高らかに二度寝宣言をしたレイチェルはピューと走って逃げていった。意外と早い。
(なんだかよく分からんが、何を言ってもうまくいかなかったな……)
正直ここ数年まともに人と口を聞いていなかったからだろうか、会話が全くうまくいかなかったな。
土産のぶどうジュースの話をしてなぜああなったのやら……。
かどっこちゃん飾ってるのがキモいとか? でもくれたものだしな……。
「……ん?」
ぼんやりさっきの会話の何が駄目だったか考えていたら、足元に何やら透明の塊のような影が映っていることに気がついた。
(何の影だ……? 透明……、!!)
バッと上を見上げると、水の塊が俺の頭上に浮いていた。
「み、水……!」
「グレン……」
「ル、ルカ……? どうした……」
目が座ったルカが俺を見ている。上に掲げた左手、その手の甲には水の紋章が浮き出て光っている。
「レイチェルに、何を……したの」
頭上の水の塊は更に大きくなっていく。
「な、何をって、何もしていない……」
「レイチェルを、いじめた……刑罰が、必要……」
「け、刑罰って……待て、待ってくれ――」
有無を言わさずにルカは手を振り下ろす。
ドッシャアアアアと大きな音を立てて、水を叩きつけられた。
「…………」
ビショビショになった顔を拭って目を開けると、すでにルカは姿を消していた。瞬間移動していったんだろう。
(ありえん……)
◇
「……8時出発って言って、なんで出発間際から風呂に入ったんだ? 別にいいけどさ」
「……」
風呂上がりに牛乳を飲んでいる俺に、カイルが心底不思議そうな顔で尋ねてくる。
こいつも朝起きるのが遅い。しかも起きない。
ルカが叩きつけた水の塊はなかなかの音だったのにそれで起きてくることもなかった。
……それなのにこいつにあれこれ言われるのは全く割に合わない。
「お前がさっさと来ていればこんなことにならなかった」
「……俺が早く来ていれば風呂に入らなかった? なんだよそれ、全く意味が――」
「うるさい……殺すぞ」
「ええー……理不尽すぎる」
――俺の方がもっと理不尽だ。
久々にありえない理不尽な扱いを受けた。
さすがに一から十まで意味が分からなすぎる。なんでだ? どこから間違った?
俺が何をしたというんだ。全くわけが分からん……。
「おはよう、早いな。花の日記か」
「ん。おはよう……」
今日もしゃがみこんでせっせと花の絵を描いている。
先日ベルナデッタとフランツと街に買い物に行った際にスケッチブックと新しい色鉛筆を買ってもらったらしい。
前に見たときよりも色使いが鮮やかに、絵もうまくなっている。
「絵がうまくなってるな。それ、ジニアの花だろう」
「知っているの」
「ああ。花言葉は『不在の友を思う』」
「花言葉? ……何?」
「何……そうだな、大昔に誰かが考えたその花の象徴とか、意味とか……そんな感じのものだ」
「この、ひまわりにも朝顔にも、ある?」
「ああ、確かひまわりは『私はあなただけを見つめる』朝顔は『固い絆』だったかな」
「……男の人はお花に興味がない、知らないって、ジャミルが前言っていた。なぜグレンは知っているの」
「ああ……」
――それはここ数ヶ月、キャンディ・ローズ先生の小説を読んでいるからだ。
話ごとに色んな花が出てきて、花言葉にちなんだエピソードが展開される。
巻末にはエピソードに出てきた花の図鑑がキャンディ先生の挿絵つきで載っている。
その絵がけっこう好きで毎回読んでいるから花言葉も覚えた。
「……うん。すごいだろ」
「ん……」
(って、そこまで喋るほどでもないな……)
キャンディ・ローズ先生からまず説明しないといけないし、まあいいか。
「……グレンは、わたしと同じ」
「……え?」
「レイチェルやジャミルと違う。……喋るのが、下手」
「…………知ってる」
実際、さっきみたいに説明をはしょりすぎて相手を怒らせることがままある。
あとは紋章が見せるままの事を言ってトラブルになったり、ボコボコにされるなどしてきた。
ルカの言うように、俺はルカと同じ――彼女相手に特にイライラしてしまうのは、昔の自分と似ている面があるからだろう。
そのルカにこんな事を言われてしまうとは。
「ルカ……意外と人をよく見ているな」
「グレンは、見ない?」
「……俺のことはいい」
「風紀が乱れるから?」
「風紀?」
「前、ベルが質問いっぱいした時にグレンがそう言っていたから」
「……そうだったか」
――そんな発言したかな? 適当にのらくらかわしていたからな……その場限りで特に記憶に残していないエピソードだろうか。そんなことばかり言ってきたからな……。
(あ……)
――そうだ。
風紀がどうのとか適当に発言してたらジャミルに競馬で大儲けしたことをバラされて、とんでもない墓穴を掘った時のことだ。
レイチェルが心底失望したみたいな顔してて……ルカが最初に『お兄ちゃま』と呼んできた時より引いてたな。
ティーンエイジャーに侮蔑の眼差しで見られるのはけっこうこたえる。
『誤解を招く突き放すような言い方やめたら?』とはカイルの弁だが。
「突き放すような」はともかくとして、説明不足の上に適当な物言いをしていると誤解を招いて手痛いしっぺ返しを食らうのは確かだ。
さすがにボコボコにされたりするようなことは言わないが、少しは改めたほうがいいかもしれない……。
――そんなようなことを考えていると、視界に何か光る物がチラついてきて俺は目を細めた。
何だろうとそちらを見ると、ルカの頭の髪飾りに日光が当たってキラキラ輝いていた。
「その髪飾り、ベルナデッタに買ってもらったやつか」
「そう」
雫をかたどった青や水色の石と、白い貝殻が並ぶ髪飾り。
髪飾りの他には服やブレスレット、それから髪につける香油なんかも買ってもらったようだ。
ワサワサだった髪の毛はその香油とやらのおかげでか、少し癖はあるもののサラサラのストレートになってきていた。
ちなみに街に繰り出す際ベルナデッタに鼻息荒く、
「せっかくルカはかわいいのにおしゃれしないなんてもったいない。隊長、どうして何も買ってあげないんですの」と抗議された。
なぜ俺が買わないといけないのか……「お兄ちゃま」とは呼ばれていたが兄じゃないし、恋人でもない。
確かに彼女の生活費と食費は俺が出しているが、それだって既におかしい。
カイルが最初来た時には「なんで女の子養ってんの? まさか彼女じゃないよな?」とか言われたし。
「これ、キラキラ。かわいい……」
ルカが髪飾りに手をやって、目をうるうるとさせている。
「……そうだな。よく似合ってる」
「わたし、かわいい?」
「え? ああ、そうだな。かわいいな」
「びしょうじょ?」
「び……、ああ、そうだな……うん。美少女だな」
俺がそう言うとルカは満足そうにまた花の絵を描き始めた。美少女って誰が教えたんだ……ベルナデッタか?
「ふぁー……おはようございますー。ルカもおはよー」
「おはよう」
レイチェルがやってきた。起き抜けだからなのか髪を下ろしたままだ。
「今日は早いな」
「う……あはは」
少しバツが悪そうに、レイチェルは髪をいじる。
彼女はいつも起きるのが遅く、10時とか11時とかになってようやく起きてくる。今は7時半だから彼女にしては早起きだ。
朝飯も昼飯も特に必要ないと最初に言ってあるから自由にしてくれていいとは思うが、正直よくそんなに寝られるなと思う。
「レイチェル……髪、サラサラで長い」
「あ、うん……サラサラ、かなぁ? まっすぐすぎて色んなアレンジできないんだよね」
「かわいい」
「え~ルカの方がかわいいよ~。最近髪キレイになったし、その髪飾りもかわいいもんね!」
「…………ん」
自分の髪を一房とってレイチェルは気恥ずかしそうにルカを褒め、そのルカも伏し目がちに笑う。
ガールズトークが始まっている……俺は退散した方がいいだろうと思ったその時、ルカに「グレン」と声をかけられた。
「……ん?」
「わたし、かわいい?」
「あ、ああ。そうだな。かわいいな」
「レイチェルもかわいい?」
「ああ、うん、そうだな。美少女だな」
(って、しまった……ついさっきのルカとの会話のノリで……)
適当な物言いは改めたほうがいいかもなと考えている矢先に、また適当な事を言ってしまった。
パッとレイチェルを見ると真っ赤な顔で口をパクパクさせている。
「グ、グ、グレンさん……あ、頭でも打たれましたか……。び、美少女って」
「……はは」
ルカとの会話の流れを知らないのに「美少女」というワードは確かにおかしすぎる。
いや、でも「美少女とか言ってすいませんでした」と言うのも違うしな……。
「……ちょっと言葉選びが変だったな。でも、かわいいと思うのは本当だから」
「えっ」
「前も言ったけど、下ろしているほうがいいな」
レイチェルはうつむいて「そ、そんな……」とかなんとかブツブツ言っている。
(……そんなにおかしいことを言ったか?)
確かに適当なことばかり言ってはいるが、俺だっていいものはいい、綺麗なものは綺麗くらいは言うんだが。
カイルみたいに『今日もかわいいね』とかキザったらしいことは言わないが……というか、いつもそれ言われてるけど「うんありがとー」ってサラッと返しているじゃないか。
もしやシスコン疑惑のある俺が言うのは気持ちが悪いみたいなことだろうか。
それなら仕方がない。やっぱり適当な話題でごまかそうか……。
「そういえば、あの旅行土産のぶどうジュース、あれうまかったよ」
「ふぁっ!!??」
「えっ」
うまく話題を切り替えたかと思ったのに、奇声を上げられた。……なんなんだ。
未だレイチェルは顔を赤くしたまま……ぶどうジュースの話でなぜそうなる。
「ご、ごめんなさい、えへへ」
「あれずいぶん大きい『かどっこちゃん』が付いてたな」
「は、はい……か、かわいいですよね。あの、あれ……誰かにあげちゃったりとかは……?」
「え? 一人暮らしの俺の部屋に飾ってあるけど」
「かかかかかか飾ってある ですって!?」
「え……うん。枕元に置いて時々もちもちしてるけど。あれ、さわり心地いいな」
「な、なんと……そ、そ、そうですね……その、癒やしグッズですしね! あの、こ、これからも、もちもちしてあげてください……」
消え入りそうな語尾。『なんと』って何だ。
「わ、わたし、わたし……に、二度寝してきますっ!」
高らかに二度寝宣言をしたレイチェルはピューと走って逃げていった。意外と早い。
(なんだかよく分からんが、何を言ってもうまくいかなかったな……)
正直ここ数年まともに人と口を聞いていなかったからだろうか、会話が全くうまくいかなかったな。
土産のぶどうジュースの話をしてなぜああなったのやら……。
かどっこちゃん飾ってるのがキモいとか? でもくれたものだしな……。
「……ん?」
ぼんやりさっきの会話の何が駄目だったか考えていたら、足元に何やら透明の塊のような影が映っていることに気がついた。
(何の影だ……? 透明……、!!)
バッと上を見上げると、水の塊が俺の頭上に浮いていた。
「み、水……!」
「グレン……」
「ル、ルカ……? どうした……」
目が座ったルカが俺を見ている。上に掲げた左手、その手の甲には水の紋章が浮き出て光っている。
「レイチェルに、何を……したの」
頭上の水の塊は更に大きくなっていく。
「な、何をって、何もしていない……」
「レイチェルを、いじめた……刑罰が、必要……」
「け、刑罰って……待て、待ってくれ――」
有無を言わさずにルカは手を振り下ろす。
ドッシャアアアアと大きな音を立てて、水を叩きつけられた。
「…………」
ビショビショになった顔を拭って目を開けると、すでにルカは姿を消していた。瞬間移動していったんだろう。
(ありえん……)
◇
「……8時出発って言って、なんで出発間際から風呂に入ったんだ? 別にいいけどさ」
「……」
風呂上がりに牛乳を飲んでいる俺に、カイルが心底不思議そうな顔で尋ねてくる。
こいつも朝起きるのが遅い。しかも起きない。
ルカが叩きつけた水の塊はなかなかの音だったのにそれで起きてくることもなかった。
……それなのにこいつにあれこれ言われるのは全く割に合わない。
「お前がさっさと来ていればこんなことにならなかった」
「……俺が早く来ていれば風呂に入らなかった? なんだよそれ、全く意味が――」
「うるさい……殺すぞ」
「ええー……理不尽すぎる」
――俺の方がもっと理不尽だ。
久々にありえない理不尽な扱いを受けた。
さすがに一から十まで意味が分からなすぎる。なんでだ? どこから間違った?
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