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【第2部】7章 風と鳥の図書館
7話 隊長、食の神と闇取引をする(後)
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「そうそう……さっき話した紋章使いの友達も同席するかもだけどいいか?」
「え……」
「紋章宿って3年くらいで分かんないことだらけらしいんだよなー。先人の知恵を貸してやってくれよ、な? カツ増量すっから」
「……まあ、それなら」
――本当は嫌だがカツが増えるならまあそのくらい、いいだろう。我ながらチョロくて呆れてしまう。
「それで……さっきの扉の話をまだ聞いていないが、それはその鳥の力なのか?」
霧になったり扉に姿を変えたりする怪しい小鳥は、ジャミルの頭の上でのん気にチュンチュンピヨピヨ鳴いている。何の鳥でもないからなのか鳴き声が定まらない。
「そうそう。コイツ……なんか空間に干渉する力があんのな。あんまり遠くは無理だけど、空間に穴開けて別の所に飛んでいけんだよ」
「そう、なのか……」
――空間に穴?
正直「ヤベー薬」と同等かそれ以上にヤバそうなんだが、何平気な顔で喋っているんだろうか。
「んでこれが本題なんだけど。……闇堕ちしかかった時に黒いぬかるみにハマりかかったって話しただろ?」
「ああ」
――闇堕ちから戻った人間というのは珍しい。
だから闇堕ちしかかった時の状況やその時に見えた心象風景をできるだけ詳しく教えて欲しいとギルドに依頼され、ジャミルから話を聞いたのを俺が書いて提出した。
黒いぬかるみに落ちてその中で過去の嫌なエピソードが繰り返し目の前で嘘を織り交ぜて展開して、どれが真実で嘘か分からなくなった――そういう話だった。
「――オレは”そこ”へ行きたいんだよな」
「……は?」
「行くっつーかアレだな、あの世界がマジに存在するのか確かめたい。ウィルの空間に穴開ける力使えば、そういう異世界的なもんにもそのうち到達できんじゃねーかって」
「な、何言ってんだお前……」
――最大級に意味の分からないことを言い出す眼の前の男。
昔、こういう風に意味のわからないことを急に言い出したやつがもう一人いた。
こいつの弟カイルだ。
『未来から来たって言ったら信じるか』とか言って……そしてその兄は『黒いぬかるみの変な世界に行きたい』ときた。
「……そこへ行って、存在を確かめて……どうする?」
「やっぱあったんだー! って納得して終わり」
「…………」
???
「納得して……終わり?」
「そう。ありゃ幻じゃなかったんだー って確認、そんでウィルにはそういう力があるんだーってさ。可能性を試してぇんだよなー。……わけわかんねぇまんま闇の紋章の化身とかいうの連れてるのもつまんねぇだろ?」
「あ……そう」
――目が点になってしまって、それしか言えなかった……いやいや、これじゃ駄目だ。
「……ジャミル……『つまらないことを』と思うだろうが」
「んー?」
「……せっかく闇堕ちを回避して日常に戻ったのに、何もわざわざまた闇に踏み込むことはないと思うんだが。その『黒いぬかるみ』とやらに行って、また引き込まれないとも限らないし」
「ふうん。黒いぬかるみがあること自体は否定しねえってわけだ?」
「え? まあ……そうだな」
そもそも俺の『色が視える』ことも、カイルが時間を超えてやってきた奴だというのもわけがわからないが確かにあることなのだから、知らない分からないからと言って『ない』と断言などできない。……とはいえ、だ。
「……ただ全然わけが分からないし、正直やめておけと思う」
「はは、そりゃそうだ。けど知りたい欲が止めらんねーんだよなー」
「知りたいのは結構だが、力を追い求めすぎるとロクなことにならない。程々にしておけ」
語気強めにそう言うとジャミルは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにメガネを上げながら苦笑いした。
「……そうだな。まあ肝に銘じとく……オレだって死にたかないしな」
「…………」
「んじゃ、オレはこのへんで失礼するかな。紋章の話、頼んだからなー」
そう言うとジャミルは食べ終わったどんぶりを手に、使い魔に命じて再び扉を出現させ、ガチャリと開けて去っていった。
……たぶん、家に。
「どうなっているんだ……」
一人取り残された図書館のテラスに、またさわやかな風が吹いた。
いや、本当にどうなってるんだ。
◇
「えー? 兄貴、お前の所にも来たんだ。……扉を開けて」
「ああ……」
砦で夕食を食べながら図書館での一件をカイルに話した。夕食は特大ハンバーグだ。
サラダとかサイドメニューはベルナデッタが担当と聞いたから、これはレイチェル作だろう。
すでに夕食を食べ終わったらしいカイルは苦笑いしながら、アイスコーヒーを飲んでいる。
「はは、ビビるよな」
「笑い事か? 止めろよお前、兄弟だろ」
「……お前『ロイ高』って知ってる?」
「ロイコー?」
「『王立ロイエンタール高等学院』。この辺……東ロレーヌ地方トップクラスの名門校で、兄貴はそこ出身なんだ」
「……それはすごいが、何の話だ」
「兄貴曰く、ただただ詰め込むだけの学びしかしてこなかったのが、こう……『知る』喜びを得てしまったので知識欲が止められないんだってさ。勉強の成果をやっと活かすことができる、と」
「……理解できない」
「はは、俺もだ」
カイルはまた苦笑いして氷が溶けてほぼ水状態のアイスコーヒーをストローから啜る。
勉強は特に嫌いではないが、どちらかと言えば俺もカイルと同じく考えるよりは動く――いわゆる脳筋の部類に入るだろう。
ジャミルの「持てる知識を使い知りたい欲を満たしたい、得体の知れない力の正体をつきとめそして有効利用したい」とは対極にいる。
「黒いぬかるみの世界が実在するか調べて、知りたい欲を満たして終わり? ――全然分からん」
「あと光の塾のことも調べたいとか言ってたな」
「光の塾……何故だ。調べてどうする」
「知りたいんだってさ」
「知りたいってお前……」
――ルカのいた怪しい宗教。
俺が昔いた孤児院もおそらく同系列だった。だが別に知りたいとは思わない――いや、そんなことより……。
「……せっかく闇堕ち回避したのに、何故わざわざ危ない橋を渡る……理解できん」
「まあ俺も同意見だし、程々にしてくれとは言ったけど……俺達の思う『程々』と兄貴の思うそれとは大きく開きがありそうなんだよなー」
「のん気なこと言っている場合か? 黒いぬかるみの世界は知らんが、光の塾は実際にある。麻薬スレスレのおかしな物を作るような集団だ、下手すれば命があぶな――」
「……ふっ」
「……なんだ」
「いやあ、随分心配してくれてるんだなーって」
そう言いながら目を細めてカイルが笑う――絡みたくない時の笑い方だ。イラッとくる。
「……いくら使い魔がいると言っても、戦う意志も力もない一般人が必要以上に踏み込むなというだけの話だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「まあそういうことにしておいてやるけど。お前さ……誤解を招く突き放すような言い方やめたら?」
「お前、宿屋に泊まってこいよ」
「断るね。俺もこの砦の維持費払ってるのに。……兄貴からは金取ってなかったんだろ? ひどいよなぁ、えこひいきだ」
「別に……年下で一般人だし、仕事やらせてたし……有能だったし」
「有能かあ。……我が兄を随分評価してくれて嬉しい限りだよ。ありがとう」
「…………」
いつの間にやら出してきたジャーキーをムシャムシャ食いながらビールを片手にカイルはニコニコさわやかに笑っている。胡散臭い。
――心配がどうのとかでなくて、剣のウデはそこそことはいえ戦いが好きでないという若者が、探究心旺盛なばかりに破滅に向かっていったら気分悪いだろうが。
……とか言ったらこいつまたニヤニヤするんだろう。……やりづらい。最悪だ。
――ああ、また考えることが増えてきた。面倒だ。
「え……」
「紋章宿って3年くらいで分かんないことだらけらしいんだよなー。先人の知恵を貸してやってくれよ、な? カツ増量すっから」
「……まあ、それなら」
――本当は嫌だがカツが増えるならまあそのくらい、いいだろう。我ながらチョロくて呆れてしまう。
「それで……さっきの扉の話をまだ聞いていないが、それはその鳥の力なのか?」
霧になったり扉に姿を変えたりする怪しい小鳥は、ジャミルの頭の上でのん気にチュンチュンピヨピヨ鳴いている。何の鳥でもないからなのか鳴き声が定まらない。
「そうそう。コイツ……なんか空間に干渉する力があんのな。あんまり遠くは無理だけど、空間に穴開けて別の所に飛んでいけんだよ」
「そう、なのか……」
――空間に穴?
正直「ヤベー薬」と同等かそれ以上にヤバそうなんだが、何平気な顔で喋っているんだろうか。
「んでこれが本題なんだけど。……闇堕ちしかかった時に黒いぬかるみにハマりかかったって話しただろ?」
「ああ」
――闇堕ちから戻った人間というのは珍しい。
だから闇堕ちしかかった時の状況やその時に見えた心象風景をできるだけ詳しく教えて欲しいとギルドに依頼され、ジャミルから話を聞いたのを俺が書いて提出した。
黒いぬかるみに落ちてその中で過去の嫌なエピソードが繰り返し目の前で嘘を織り交ぜて展開して、どれが真実で嘘か分からなくなった――そういう話だった。
「――オレは”そこ”へ行きたいんだよな」
「……は?」
「行くっつーかアレだな、あの世界がマジに存在するのか確かめたい。ウィルの空間に穴開ける力使えば、そういう異世界的なもんにもそのうち到達できんじゃねーかって」
「な、何言ってんだお前……」
――最大級に意味の分からないことを言い出す眼の前の男。
昔、こういう風に意味のわからないことを急に言い出したやつがもう一人いた。
こいつの弟カイルだ。
『未来から来たって言ったら信じるか』とか言って……そしてその兄は『黒いぬかるみの変な世界に行きたい』ときた。
「……そこへ行って、存在を確かめて……どうする?」
「やっぱあったんだー! って納得して終わり」
「…………」
???
「納得して……終わり?」
「そう。ありゃ幻じゃなかったんだー って確認、そんでウィルにはそういう力があるんだーってさ。可能性を試してぇんだよなー。……わけわかんねぇまんま闇の紋章の化身とかいうの連れてるのもつまんねぇだろ?」
「あ……そう」
――目が点になってしまって、それしか言えなかった……いやいや、これじゃ駄目だ。
「……ジャミル……『つまらないことを』と思うだろうが」
「んー?」
「……せっかく闇堕ちを回避して日常に戻ったのに、何もわざわざまた闇に踏み込むことはないと思うんだが。その『黒いぬかるみ』とやらに行って、また引き込まれないとも限らないし」
「ふうん。黒いぬかるみがあること自体は否定しねえってわけだ?」
「え? まあ……そうだな」
そもそも俺の『色が視える』ことも、カイルが時間を超えてやってきた奴だというのもわけがわからないが確かにあることなのだから、知らない分からないからと言って『ない』と断言などできない。……とはいえ、だ。
「……ただ全然わけが分からないし、正直やめておけと思う」
「はは、そりゃそうだ。けど知りたい欲が止めらんねーんだよなー」
「知りたいのは結構だが、力を追い求めすぎるとロクなことにならない。程々にしておけ」
語気強めにそう言うとジャミルは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにメガネを上げながら苦笑いした。
「……そうだな。まあ肝に銘じとく……オレだって死にたかないしな」
「…………」
「んじゃ、オレはこのへんで失礼するかな。紋章の話、頼んだからなー」
そう言うとジャミルは食べ終わったどんぶりを手に、使い魔に命じて再び扉を出現させ、ガチャリと開けて去っていった。
……たぶん、家に。
「どうなっているんだ……」
一人取り残された図書館のテラスに、またさわやかな風が吹いた。
いや、本当にどうなってるんだ。
◇
「えー? 兄貴、お前の所にも来たんだ。……扉を開けて」
「ああ……」
砦で夕食を食べながら図書館での一件をカイルに話した。夕食は特大ハンバーグだ。
サラダとかサイドメニューはベルナデッタが担当と聞いたから、これはレイチェル作だろう。
すでに夕食を食べ終わったらしいカイルは苦笑いしながら、アイスコーヒーを飲んでいる。
「はは、ビビるよな」
「笑い事か? 止めろよお前、兄弟だろ」
「……お前『ロイ高』って知ってる?」
「ロイコー?」
「『王立ロイエンタール高等学院』。この辺……東ロレーヌ地方トップクラスの名門校で、兄貴はそこ出身なんだ」
「……それはすごいが、何の話だ」
「兄貴曰く、ただただ詰め込むだけの学びしかしてこなかったのが、こう……『知る』喜びを得てしまったので知識欲が止められないんだってさ。勉強の成果をやっと活かすことができる、と」
「……理解できない」
「はは、俺もだ」
カイルはまた苦笑いして氷が溶けてほぼ水状態のアイスコーヒーをストローから啜る。
勉強は特に嫌いではないが、どちらかと言えば俺もカイルと同じく考えるよりは動く――いわゆる脳筋の部類に入るだろう。
ジャミルの「持てる知識を使い知りたい欲を満たしたい、得体の知れない力の正体をつきとめそして有効利用したい」とは対極にいる。
「黒いぬかるみの世界が実在するか調べて、知りたい欲を満たして終わり? ――全然分からん」
「あと光の塾のことも調べたいとか言ってたな」
「光の塾……何故だ。調べてどうする」
「知りたいんだってさ」
「知りたいってお前……」
――ルカのいた怪しい宗教。
俺が昔いた孤児院もおそらく同系列だった。だが別に知りたいとは思わない――いや、そんなことより……。
「……せっかく闇堕ち回避したのに、何故わざわざ危ない橋を渡る……理解できん」
「まあ俺も同意見だし、程々にしてくれとは言ったけど……俺達の思う『程々』と兄貴の思うそれとは大きく開きがありそうなんだよなー」
「のん気なこと言っている場合か? 黒いぬかるみの世界は知らんが、光の塾は実際にある。麻薬スレスレのおかしな物を作るような集団だ、下手すれば命があぶな――」
「……ふっ」
「……なんだ」
「いやあ、随分心配してくれてるんだなーって」
そう言いながら目を細めてカイルが笑う――絡みたくない時の笑い方だ。イラッとくる。
「……いくら使い魔がいると言っても、戦う意志も力もない一般人が必要以上に踏み込むなというだけの話だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「まあそういうことにしておいてやるけど。お前さ……誤解を招く突き放すような言い方やめたら?」
「お前、宿屋に泊まってこいよ」
「断るね。俺もこの砦の維持費払ってるのに。……兄貴からは金取ってなかったんだろ? ひどいよなぁ、えこひいきだ」
「別に……年下で一般人だし、仕事やらせてたし……有能だったし」
「有能かあ。……我が兄を随分評価してくれて嬉しい限りだよ。ありがとう」
「…………」
いつの間にやら出してきたジャーキーをムシャムシャ食いながらビールを片手にカイルはニコニコさわやかに笑っている。胡散臭い。
――心配がどうのとかでなくて、剣のウデはそこそことはいえ戦いが好きでないという若者が、探究心旺盛なばかりに破滅に向かっていったら気分悪いだろうが。
……とか言ったらこいつまたニヤニヤするんだろう。……やりづらい。最悪だ。
――ああ、また考えることが増えてきた。面倒だ。
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