上 下
26 / 37
二章 サフィール○○エンド

026.アルジャン王子の求婚

しおりを挟む
 ジョゼがロベール伯爵領に戻ると、邸の前には立派な馬車が停まっていた。何度も見たことがある四頭立ての馬車に、ジョゼは「もう王都からサフがやってきたのかしら」などと思いながら、邸へ入った。
 しかし、邸内で家族と和やかに談笑していたのは、青の王子ではなく、銀の王子であった。

「ああ、ジョゼフィーヌ。ようやく戻ったのかい」
「ジョゼフィーヌ、とても光栄なことよ。素敵なことが、起こったの」

 両親の喜ぶ顔から、ジョゼはすべてを察する。アルジャンとの婚約が決まったのだろう、と。
 イザベルは「素敵、素敵」と母と同じように喜んでいる。アレクサンドラは「お姉様を連れて行かないで」とアルジャンに抗議している。

「小さなお嬢さん。心配しなくても、私の成人まであと二年はございますから、その間はジョゼフィーヌ嬢と一緒に過ごすことができますよ」
「本当? お姉様、すぐに結婚するのではないの?」
「ええ」
「やったわねぇ、サンドラ。幸せな時間が続くわねぇ!」

 イザベルの言葉に、アレクサンドラはむっすりとしながら「たった二年だわ」と嘆く。本人の了承もなく結婚の話が進んでいるのを、ジョゼは呆然と見つめる。

「しばらくジョゼフィーヌ嬢をお借りして構いませんか? お疲れの様子なので、彼女を部屋に連れていきたいのですが」
「案内するわ!」
「わたしも、わたしも!」

 領地では、二階の奥の部屋がジョゼの部屋となっている。イザベルとアレクサンドラは騒がしくアルジャンを部屋へと案内する。
 テーブルを挟んで、互いにソファに座る。妹たちの声は、徐々に聞こえなくなる。

「ふふ。賑やかですね」
「アルジャン王子殿下、どうして……?」

 アルジャンは微笑みながら、手のひらに青いものを載せる。それは、いつか彼に渡したはずのリンドウの髪飾りだ。

「これをいただいてから、あなたのことが頭から離れなくなってしまいました」
「わ、わたくしは、あなたのお兄様と」
「恋仲であるとは聞いておりません。ですから、国王陛下もこの結婚を認めてくださいました」
「……そう、ですか」

 遅かったのだ、とジョゼは察する。ジョゼとサフィールの計画よりも、アルジャンの想いが募るほうが早かったというわけだ。

「ジョゼフィーヌ嬢。僕と結婚していただけますね?」

 ――サフの馬鹿。どうして、今回は現れないの? わたくしのことを諦めたの?

 前回のようにサフィールが現れることを一瞬でも期待して、ジョゼは自らの愚かさに溜め息をつく。
 王都からロベール伯爵領まで馬車で三日はかかる。時間と空間を超越しない限り、今この場にサフィールが現れることはない。
 他人に期待してはいけない。ジョゼはそれをよく理解している。

「少し、考える時間をいただけないでしょうか? 今は長旅で疲れておりますし、混乱して正常な判断ができるとは思えません」
「冷静になればなるほど、今考える時間が無駄だとわかるのではありませんか? 答えは一つしかないのですから」

 有無を言わさぬ、圧倒的な権力者の言葉である。王族の求婚を拒絶などできない、という現実を突きつけてくる。
 ジョゼは溜め息をついたのち、覚悟を決める。――アルジャンと生きる道を。

「はい。お受けいたします」
「……良かった」

 アルジャンは微笑み、安堵の表情を浮かべる。一瞬でも、断られてしまうかもしれない、と考えるものだろうかとジョゼは不思議に思う。彼は、願えば何でも手に入る立場の人間なのだから。

「ジョゼフィーヌ嬢、ジョゼとお呼びしても?」
「もちろん、構いませんよ」
「では、ジョゼ。僕は今年、社交界にデビューをします。そのときに、あなたとの婚約を発表する予定です。僕の成人まで二年、お待たせすることにはなりますが……二年後に結婚しましょう」
「わかりました」

 アルジャンはジョゼのそばに跪き、恭しく右手を持ち上げる。そして、手の甲に唇を落とす。視界に、キラリと輝く銀色の腕輪が入ってくる。

「……そういえば、その腕輪」

 銀色の腕輪はアルジャンがずっと身につけているものだ。外したところを見たことはない。今回も、前回も。前々回、その前はどうだったか、もう思い出せない。

 ――結婚式のときも外していなかったわ。けれど、いつだったか……外したところを見たことがあるような。

「あぁ……不思議なことに、生まれたときからこの腕輪をしているのです」
「それは、とても不思議なことですね。聖母神像の腕輪によく似ていらっしゃいます」
「そう、ですね。聖母神様から賜ったものなのかもしれないと、僕が生まれたときには大騒ぎになったようですよ」

 髪や瞳の色で「銀の王子」と呼ばれているものと思っていたが、腕輪が理由だったとはジョゼも知らなかった。

「そういえば、舞踏会のあのとき、どうしてわたくしの名前を」

 わたくしの名前を知っていたのですか、とは聞くことができなかった。「アルジャン王子殿下」と、切羽詰まったかのような伯爵の声が廊下から聞こえたためだ。

「何事でしょう?」
「お取り込み中のところ申し訳ございません。王都からの伝令鳥が『急ぎ、王都に戻るように』と伝えてきております」
「……仕方ありませんね。ジョゼにはこれからもまた会えますから」

 アルジャンはそっとジョゼの頬にキスをして、扉のほうへと歩いていく。

「既に馬車の準備は整っております。必要でしたら、我が家の早馬をお使いください。近隣の領主にもわかるように、今すぐに文を準備いたしますので」
「どうしたのでしょう、そんなに慌てて」

 アルジャンが不思議そうな顔をジョゼに向けて、扉を開く。ジョゼの父は血相を変えて、伝令鳥の手紙を銀の王子に差し出した。
 アルジャンは文を読みながら、目を見開く。

「……嘘でしょう。まさか」
「どうか、なさったのですか?」

 伯爵は執務室へ向かったのか、廊下にはいない。それだけ急いで手紙を準備しなければならないことがあった、ということだ。
 何度も、同じ光景を見たことがある。何度も、同じ絶望を感じたことがある。
 まさか、とジョゼの体が震える。

「兄が、死にました」

 ――あぁ、サフ……!!

 サフィールの死を、ジョゼは何度も経験している。だが、慣れるものではない。特に、今は。彼に情を抱いている、今となっては。

「そ、それが本当のことなら、早く王都へ戻って、国王陛下と王妃殿下を、支えてあげてください」
「ええ、そうします。でも、ジョゼに僕を支えてもらいたいと願うのは、我儘ですか?」

 アルジャンはそっとジョゼを抱きしめる。兄を亡くした悲しみを隠すかのように、優しく、強く、ジョゼを抱きしめる。

「僕が出立したあと、なるべく早く、王宮へ来てくださると、嬉しいです。あなたにそばにいてもらいたい」
「アル、王子……」
「僕を支えてください、ジョゼ。僕のそばで、悲しみに寄り添ってくれませんか」

 ジョゼは何とか涙をこらえて、「わかりました」と気丈に返事をした。断るのは不自然であるし、そうすることがサフィールへの供養であるように思えたのだ。

 そうして、アルジャンを見送ってから、ジョゼは泣いた。泣いて、喚いて、嘆き悲しんだ。

 ――どうして、わたくしたちはこんな結末を迎えてしまうの?

 聖母神の意地悪や手違いで説明できない何かがあるのだと、ジョゼも何となく理解している。その正体を、まだ二人とも見極めることができていない。
 そんな気がして、ならないのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「ループ三回目の悪役令嬢は過去世の恨みを込めて王太子をぶん殴る!」

まほりろ
恋愛
※「小説家になろう」異世界転生転移(恋愛)ランキング日間2位!2022年7月1日 公爵令嬢ベルティーナ・ルンゲは過去三回の人生で三回とも冤罪をかけられ、王太子に殺されていた。 四度目の人生…… 「どうせ今回も冤罪をかけられて王太子に殺されるんでしょ?  今回の人生では王太子に何もされてないけど、王子様の顔を見てるだけで過去世で殺された事を思い出して腹が立つのよね!  殺される前に王太子の顔を一発ぶん殴ってやらないと気がすまないわ!」 何度もタイムリープを繰り返しやさぐれてしまったベルティーナは、目の前にいる十歳の王太子の横っ面を思いっきりぶん殴った。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうにも投稿しています。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

真義あさひ
恋愛
公爵令嬢のマーゴットは卒業式の日、王太子バルカスから婚約破棄された。彼の愛する平民女性を虐げたことが理由らしい。 だが、彼は知らない。 冤罪なのはもちろん、事情があって彼はマーゴットと結婚しなければ王家に残れない仮初の王太子であったことを。 それを指摘された王太子は怒り狂い、マーゴットを暴力によって殺害してしまう。 マーゴットはそんな人生を何度も何度もループしていた。 マーゴットはそんな王太子でも愛していた。けれど愛があってもこのループからは逃れられないと知って、覚悟を決めることになる。 これは、後に女王となった公爵令嬢が自分の本当の想いを取り戻して、腐れ縁の幼なじみ王太子と訣別するまでの物語。 ※女性向けHOTランキング2位ありがとうございます! ※タイトルに本題追加しました。(2022/11/18)

四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。 ○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。

女神様からもらったスキル「不死」はループ地獄の神罰でした!?

里見知美
恋愛
メリアンは深窓の令嬢と囁かれる麗しい侯爵令嬢だが、忌まわしい過去がいつもその後ろを付き纏っていた。7歳以前の記憶がなく、「悪魔に魅入られた少女」と神殿から監視されて聖騎士の婚約者までつけられた。本来なら気が強く口も達者なのだが、すっかりその形を潜めている。 そんなメリアンが変わったのは、国の存亡を賭ける事件が起こったあの日。 女神に授けられたスキル「不死」で正しい道を選ばなければならないのだが……。 不死って『死なない』じゃなくて、『死ねない』んだと気がついた。 ※全28話+おまけの小話で完結です。なろう様にも投稿中。

人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる

美並ナナ
恋愛
リズベルト王国の王女アリシアは、 敗戦に伴い長年の敵対国である隣国との同盟のため ユルラシア王国の王太子のもとへ嫁ぐことになる。 正式な婚姻は1年後。 本来なら隣国へ行くのもその時で良いのだが、 アリシアには今すぐに行けという命令が言い渡された。 つまりは正式な婚姻までの人質だ。 しかも王太子には寵愛を与える側妃がすでにいて 愛される見込みもないという。 しかし自国で冷遇されていたアリシアは、 むしろ今よりマシになるくらいだと思い、 なんの感慨もなく隣国へ人質として旅立った。 そして隣国で、 王太子の側近である美貌の公爵ロイドと出会う。 ロイドはアリシアの監視役のようでーー? これは前世持ちでちょっぴりチートぎみなヒロインが、 前向きに人質生活を楽しんでいたら いつの間にか愛されて幸せになっていくお話。 ※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。 ※前半〜中盤頃まで恋愛要素低めです。どちらかというとヒロインの活躍がメインに進みます。 ■この作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。

恋した男が妻帯者だと知った途端、生理的にムリ!ってなったからもう恋なんてしない。なんて言えないわ絶対。

あとさん♪
恋愛
「待たせたね、メグ。俺、離婚しようと思うんだ」  今まで恋人だと思っていた彼は、まさかの妻帯者だった! 絶望するメグに追い打ちをかけるように彼の奥さまの使いの人間が現れた。 相手はお貴族さま。自分は平民。 もしかしてなにか刑罰を科されるのだろうか。泥棒猫とか罵られるのだろうか。 なにも知らなかったメグに、奥さまが言い渡した言葉は「とりあえず、我が家に滞在しなさい」 待っていたのは至れり尽くせりの生活。……どういうこと? 居た堪れないメグは働かせてくれと申し出る。 一方、メグを騙していた彼は「メグが誘拐された」と憲兵に訴えていた。  初めての恋は呆気なく散った。と、思ったら急に仕事が忙しくなるし、あいつはスト○カ○っぽいし、なんだかトラブル続き?! メグに次の恋のお相手は来るのか? ※全48話。脱稿済。 ※R15は保険。 ※設定はゆるんゆるん。 ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください。 ※このお話は小説家になろうにも投稿しております。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

処理中です...