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二章 サフィール○○エンド

025.【サフィール】サフィール、

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 ブランカの継母、ヴィルドヘルム王国ガルバー公爵夫人は、フランペル王宮騎士団に引き渡された。王族の目の前で、娘を毒殺しようとしたのだから当然の拘束である。
 ガルバー公爵夫人にブランカとレナルドの結婚を伝えてきたのは、匿名の手紙だったという。「ブランカはいずれガルバー公爵領に戻るため、あなたは国で一番の美女ではなくなる」などと書かれていたという。ブランカを殺せばいいと考えた夫人は「親切な方」だと言って喜んでいたが、サフィールは手紙の主から深い悪意を感じてゾッとしたものだ。

 ――美への執着心というものは、それほどまでに人を狂わせるのか。恐ろしい。

 シャリエ伯爵領から戻ってきたサフィールからの報告を受け、フランペル国王は困惑はしていたものの、隣国との関係を悪化させることなく事態を収拾するだろう。国王はそれが仕事なのだから。

「そうか、ブランカ嬢は幸せそうであったか」
「はい。私ではあの笑顔を引き出すことはできなかったでしょう。ですので、国王陛下、自分の結婚相手は自分で決めたいと思っております」
「うむ……そうだな、そうするがよい」
「つきましては、ロベール伯爵令嬢ジョゼフィーヌとの婚約を認めていただきたく存じます」

 ブランカとレナルドは無事に結婚したため、国王夫妻の心配も解消できたというわけだ。あとはジョゼとの婚約を進めるだけである。「昔出会っていた二人が、シャリエ伯爵家の結婚式で再会した」ということにしておけば、出会いの矛盾もない。

「ロベール伯爵家のジョゼフィーヌ嬢? 最近、どこかで聞いたことがあったような」
「……悪評でしょうか?」
「うーむ、うーむ……あぁ、そうだ、アルジャンだ」

 国王は思い出したかのように、ぽんと手を叩く。思いがけない人物の名前に、サフィールは怪訝そうに父王を見つめる。

「そうだ、そうそう、アルジャンが、秋の社交界デビューに合わせて婚約を発表したいと伝えてきてなぁ」
「……ちょっとお待ちください」
「その相手が、ロベール伯爵家のジョゼフィーヌ嬢であったなぁ」

 サフィールは頭を抱える。一月前、ブランカが婚約を解消したいと申し出たときに、国王に自分の意中の人を伝えられなかったのが痛手となっている。

「……まさかとは思いますが、その婚約をお認めになったのですか?」
「もちろん。拒否をする理由がないからな」
「お待ちください。ジョゼフィーヌ嬢は我が妻になると約束をしてくれているのですよ!」
「それは残念であったな。弟の妻に横恋慕しようなどという愚かな考えは捨てよ」
「先に横恋慕したのはアルジャンです!」
「だが、私が先に許可を出したのはアルジャンだ」

 残念だが、という父親の言葉を聞かず、サフィールは謁見室を飛び出す。もちろん、アルジャンに抗議に行くためだ。
 アルジャンが大切に持っていたリンドウの花飾りがジョゼのものだと、ようやくサフィールは気づく。なぜ、アルジャンがそれを持っているのか、理由はわからない。

「アルジャン! アルジャンはいるか!?」

 アルジャンの部屋へ向かうが、扉の前に騎士は立っていない。扉には鍵がかけられ、閉ざされている。
「おそれながら、サフィール王子殿下」と執事のスチュアートが慌てた様子でやってくる。

「アルジャン王子殿下は、一昨日早くに出立なさったようです」
「出立? どこへ?」
「それが、ロベール伯爵領だというのです」

 やられた、とサフィールは唇を噛む。
 今、結婚式の参列を終えたジョゼは、シャリエ伯爵領からロベール伯爵領に向けて帰っている最中だ。サフィールはガルバー公爵夫人を騎士団に引き渡すため、シャリエ伯爵領から王都へ戻ってきた。完全なすれ違いである。
 もちろん、アルジャンが意図的に狙ったものだ。サフィールに邪魔をさせないために。

「アルジャン……なぜ、そんなことを」

 シャリエ伯爵領ではジョゼとあまり話をできていない。人の目がありすぎるため、親密な空気を出すことはできなかった。手を繋ぐことすらできなかったのが悔やまれる。

「早馬は準備できるか?」
「今からアルジャン王子殿下を追いかけるのですか? そのような無茶なことはおやめくださいませ、王子殿下」
「ここで無茶をしなくて、いつ無茶をするんだ」

 自分の部屋へ向かいながら、サフィールは己を奮い立たせるかのように言葉を繋ぐ。

「王子殿下を慕うご令嬢は大勢、それこそ星の数ほどおられます」
「だが、ジョゼは一人だ」
「一人の娘に執着なさることはおやめくださいませ」
「執着することの、何が悪い? 女一人に執心して、俺が国を蔑ろにするとでも? 兄弟で国を滅ぼすとでも?」

 そういう未来があるかもしれない。そういう、幸福ではない結末があるかもしれない。
 今、サフィールを動かしているものはひどく独善的な感情だ。前回も、そうだった。アルジャンに先を越されないように、ジョゼを奪われないように、気持ちだけがはやった。

 ――このままでは、前回と同じか?

 サフィールはふと足を止める。機敏な動きにはついてこられないスチュアートが背中にぶつかっても、気にしない。

「……今、焦ってジョゼのところに向かったとして、アルジャンとの婚約が止められるわけもない。婚約を止めないという道も選択肢の一つとしては、アリか」
「王子殿下、どうなさるのですか?」
「アルジャンが俺の到着を待っているのだとしたら、あえてその狙いを外すというのは、どうだ? ジョゼも一応の抵抗はするだろうし……」
「王子殿下?」

 考え事をしながら、サフィールは廊下を歩く。唸りながら、階段を上る。

「王子殿下! 大変です、公爵夫人が!」
「ガルバー公爵夫人のことは騎士団に任せると言っただろう」
「王子殿下、話を……!」
「少し待ってくれ。考えさせてくれ」

 やってきた騎士の対応をスチュアートに任せ、サフィールは四階にある私室の扉を開く。

 ――弟の婚約者を奪うのは、外聞としてはかなり悪いな。国民が納得できるような理由が必要になるか。

 サフィールは唸りながらソファに座る。前回、ジョゼに求婚をしたソファだ。座るたびに、前回のジョゼの愛らしい姿を思い出して、ニヤニヤと笑ってしまう。

 ――どんな理由があれば、誰もが納得できる形でジョゼを奪うことができるだろう?

 眉間に皺を寄せながら、サフィールはテーブルに置かれていたグラスを手に取る。極度の緊張下に、すっかり喉が渇いている。「用意がいいな」と蜂蜜色の液体を、飲む。
 瞬間、思い出す。
 ブランカを連れて逃げているときに、なぜか現れた林檎酒のグラス。抗い難いほどの喉の乾きに、二人でそれを手に取り飲んだことを。

「王子殿下! 公爵夫人が逃げ出して――王子殿下!? サフィール王子殿下!?」

 焼けつくような喉の痛み。呼吸ができない。サフィールは息苦しさのあまり首をかきむしる。
 グラスが割れる音とスチュアートの声、そして、公爵夫人の笑い声が重なる。

 ――あぁ、ジョゼ。今度は俺が死ぬ番だったか。

 喉が焼けただれ、最愛の人の名前すら発することができない。彼女に求婚をしたソファの上で死ぬことになるとは思わなかった、とサフィールは薄れゆく意識の中で笑う。

 ――そうか。そういうことか。俺が死ねば、理由なく、ジョゼを奪える……そういうことか、アル……。

 苦しみの中で、サフィールはジョゼの今生での幸福を祈る。アルジャンとの子どもが生まれたあとも、生き延びてほしい。生きて幸せになってもらいたい。
 何十回目ともわからない今際の際に、そんなふうに、願うのだ。



 サフィール デッドエンド
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