上 下
10 / 28

10 懐かしい人たち

しおりを挟む
 王都は決して無事というわけではなく、城壁のあちらこちらが崩れていた。
 ヨハネによると、魔物の攻勢にさらされていたからだという。
 城壁には物々しく兵士が並び、周囲の警戒にあたっていた。
 大通りを抜け、貴族街へ。
 しかし向かった屋敷は、公爵家の屋敷ではなかった。

「到着したぞ」

 私は馬から下りると、地面におろしてもらう。

「さあ、入れ」
「は、はい」
「お帰りなさいませ、伯爵様」

 出迎えたのは、執事というには若い青年。
 あれ。この人どこかで会ったことがあるような……?
 と、私はその執事の後ろに控えているメイドの中に、アリシアさんとジャスミンさんがいることに気付く。

「お嬢様……?」
「嘘……」

 二人とも信じられないという顔をしている。

「アリシアさん! ジャスミンさん!」

 二人は感涙に噎びながら、私に抱きついてくれる。私も二人を抱きしめた。

「お嬢様、ご無事だったんですね!」
「こうしてまたお会い出来るなんて、夢のようです!」
「二人だけじゃない。ユリア、ここにいるみんなに見覚えはないか?」

 ヨハネに言われ、私はあらためて使用人たちに目を向ける。
 トクン。心臓が大きく跳ねた。
 もしかして……。

「……ジャック?」

 私は執事をしている青年に言った。
 裂け目に飲み込まれる時には、まだ八歳だったはず。

「そうだよ、ユリア!」

 ジャックは涙目になりながら頷く。
 私は他のメイドにも目を向けた。
 こうしてちゃんと見れば、みんなの顔には面影がある。

「ニーシャ、パック、キャロライン……トレイシー!」

 トレイシーは同い年の大親友。
 猫のような円らな瞳の赤毛の少女。いや、今は立派な大人の女性。

「そうよ、ユリア! ああ、本当にユリアだ!」

 みんなが一斉に私を囲んで口々に声をかけてくれる。

「死んだってみんなが言ってたけど、生きてたんだな!」
「ユリア、あの頃とぜんぜん皮ってないよね……?」
「え、えっとね、うまく説明できないんだけど、私にとっては裂け目に飲み込まれたのって、つい昨日の出来事なの。だから、あの日から十五年も時間が経ってるって知ってすごく驚いてて……」
「ということは、ユリアはまだ十七歳っていうこと?」

 みんなの顔が驚きに包まれる。

「たしかなことは分からないんだけど、そうなるのかな?」
「年齢なんかどうでもいいさ! こうして家族みんなが揃ったんだから!」
「でもどうして、みんながここにいるの?」
「伯爵様が助けて下さったからだよ!」
「そうなの。教会が魔物に襲われた時に騎士団を率いて駆けつけてくださったの。魔物をぜーんぶやっつけて、私たちをこのお屋敷に匿ってくれただけじゃなくて、お仕事までくれたんだから!」
「ヨハネ、みんなのことを守ってくれてありがとう!」

 私は深々と頭を下げた。

「当然のことをしたまでだ。ユリアにとって大切な人たちなら、俺にとっても同じだ」
「ヨハネ……」

 十五年前は、ほとんど口も聞かなかったから、ヨハネが何を考えているのかさえ分からなかった。
 私は好かれてないと思っていたのに、教会のみんなの命を助けてくれたばかりか、こうして働き口の面倒まで見てくれているなんて、どれほど感謝してもしきれない。

「シスターは?」
「こっちよ、ユリア」

 トレイシーに手を引かれ、私は屋敷の奥に連れて行かれる。そこは食堂。

「シスター!」
「トレイシー、ここは伯爵様のお屋敷なんですよ。はしたなく大声を出してはいけないと何度言ったら……」

 厨房の奥から聞き覚えのある声がした。

「お説教なんていいから、お客さんだよ! 私たちのよーく知ってる! 早く出て来て!」
「お客様なんて、こんな作業着で……」

 シスターが厨房から出てくるなり、目が合った。
 白いものが目立つし、皺も増えてる。でもたしかにシスターだった。

「シスター!」

 私はシスターに抱きつく。

「う、うそ……あぁ、ど、どうして……幻を見て……いえ、お迎えが来たというの……? あぁぁぁ、神様!」
「違うわ、シスター! 私は生きてるわっ! 現実!」

 シスターの皺の寄った手が、私の顔を撫で、その目でまぢまぢと見つめられる。
 次の瞬間、目から大粒の涙がこぼれ、「ユリア!」と強く強く抱きしめられた。
 私も負けないくらいしっかりシスターを抱きしめる。

「神様! ありがとうございます、ありがとうございます……!」

 積もる話もあるけど、ヨハネを待たせてしまっている。

「シスター、またあとで話しましょう」
「ええ……。あぁ、あなたが元気そうで良かったわ!」

 私は食堂を出ると、ヨハネに「こっちだ」と二階のとある一室まで案内された。

「ここがユリアの部屋だ。足りないものがあれば言ってくれ。すぐに用意する」
「この部屋を私に?」
「不満か? もし他の部屋がいいなら……」
「不満どころか……すごく立派すぎて……」
「気に入ったのなら良かった。アリシア、ジャスミン。ユリアの世話を頼むぞ」
「お任せ下さい、伯爵様!」

 ヨハネが、私の右手に優しく触れると、包み込むように握り締められる。
 彼の手はとても熱い。

「しっかり休んでくれ」
「うん。ありがとう」

 ヨハネが部屋を出ると、アリシアさんたちは早速、紅茶を淹れてくれた。
 紅茶を頂き、それから寝巻に着替えて、ベッドで眠った。
 十五年という年月、大人になった教会のみんな、それから、ヨハネ。
 目を閉じると、夢を見ることないくらい深い眠りに落ちた。



 ユリアを見た時、白昼夢か、俺自身の恋しさゆえについに幻覚を見るようになってしまったのかと、錯覚した。
 十五年という歳月が経っていながら、彼女は最後に見た時の麗しいままの姿だったから、魔物が化けたのかとも思った。
 だが全て現実だと分かった時の、全身が痺れるような、体が内から滾るような瞬間は忘れられない。
 気がつくと、無我夢中で抱きしめていた。
 かけがえのない人。
 ヨハネにとって、ユリアは代えの利かない、世界でただ一人の女性。
 こうして自分の部屋にいながらも、ずっとユリアのことを考えてしまう。
 同時に、目を離している間にもまた彼女は消えてしまうのではないかという不安がついて回る。
 居ても立ってもいられなくなり、俺は部屋を出ると、ユリアの部屋に入った。

「伯爵様。どうされたんですか?」

 不寝番のジャスミンが不思議そうな顔で、立ち上がる。

「ユリアは?」
「お休みになられていますが……」
「そうか。下がれ」
「か、かしこまりました」

 ジャスミンが部屋を出ていき、完全に気配がなくなったことを確認した上で寝室の戸を開ける。
 起こさぬように足音を殺し、静かな寝息を立てるユリアを見つめる。

「ユリア……っ」

 切なさのあまり、そう呼びかけた声はかすかに涙声になってしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白紙にする約束だった婚約を破棄されました

あお
恋愛
幼い頃に王族の婚約者となり、人生を捧げされていたアマーリエは、白紙にすると約束されていた婚約が、婚姻予定の半年前になっても白紙にならないことに焦りを覚えていた。 その矢先、学園の卒業パーティで婚約者である第一王子から婚約破棄を宣言される。 破棄だの解消だの白紙だのは後の話し合いでどうにでもなる。まずは婚約がなくなることが先だと婚約破棄を了承したら、王子の浮気相手を虐めた罪で捕まりそうになるところを華麗に躱すアマーリエ。 恩を仇で返した第一王子には、自分の立場をよおく分かって貰わないといけないわね。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

処理中です...