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 翌日、私は荷車に乗せられていた。
 昨日の黒い雲が嘘のような晴れ間。

「あの、やっぱり歩きますっ」

 荷車を引く青年が汗だくになっている姿に罪悪感を覚えた。

「いいえ! 事情を知らなかったとはいえ、失礼な態度を取ってしまったんです! これくらいさせてください!」
「……わ、分かりました。では、お願いします」
「任せてください!」

 歩いたほうが早そう、という言葉は飲み込んだ。
 どのみち王都まで半日なのだから、そこまで焦る必要はない――。

 ギャアアアアア!

 頭上で響きわたる濁声に、ぞわっと肌が粟立つ。
 空中から襲いかかってきたのは、あのカラスの魔物。

「ユリア様を守れ!」
「近づかせるな!」

 ジルディンさんたちは背負っていた弓に矢を番え、魔物めがけ放った。
 矢は魔物に当たりはするものの致命傷を与えるにはほど遠く、むしろ魔物を昂奮させるだけだった。
 矢など構わず大地に降り立った魔物の翼にジルディンさんたちが跳ね飛ばされていく。
 荷車から飛び降りて、ジルディンさんに駆け寄る。

「せ、聖女様……ここは我々に任せて、お逃げ下さい!」
「できません!」

 カラスの魔物が舌なめずりをし、襲いかかる。
 恐怖のあまり体が動かず、目を閉じる暇もなかった私は、ノコギリのような歯の生えそろう大きな口が自分を飲み込む様を見ていることしかできなかった。
 次の瞬間、広い背中が私と魔物の間に割り込んできた。

「っ!?」

 漆黒の鎧と兜の騎士。
 あっという間の出来事。
 割り込んできた騎士が腰の剣を抜いた次の瞬間、魔物はギェエ……という消え入るような声をこぼし、地面に崩れる。
 魔物の体がみるみるうちにドロドロの液体となって溶けていく。
 少し遅れて、今、私の目の前に居る人と同じ漆黒の甲冑をまとった騎士たちが次々と現れ、ジルディンさんたちを介抱してくれる。

(良かった。みんな、生きてる……)

「ありがとうございます、騎士様。助かりました」

 私は目の前の漆黒の騎士に向かって深々とお辞儀をした。
 騎士が兜を外し、振り返る。

「っ!」

 荒くれ者という騎士像をひっくり返すような美形の男性だ。

「聖女様をお救いくださり、ありがとうございます!」

 ジルディンさんがぺこぺこと頭を下げる。

「聖女……?」

 騎士がぽつりと呟く。

「はい。信じられないとは思いますが、こちらにいらっしゃるのは、浄化の聖女ユリア様でございます!」
「ユリアと申します! お助け頂き、ありがとうございますっ!」

 私は頭を下げた。

「ゆ、りあ……?」

 まるで夜空を支配する月のようにひそやかで神秘的な光を孕んだ金色の瞳が、ゆっくりと見開かれた。

「私が十五年前に亡くなったという話は聞いています。ですが、私は生きています。偽物ではありません。もしお疑いなら、浄化の力をお見せいたしますっ」
「ヨハネ様。ユリア様は私どもの集落の井戸を浄化して下さったんです。偽物などではありません!」
「え、ヨハネ様?」
「はい、こちらは、ヨハネ・シュローデル伯爵――」

 ヨハネ様――ジルディンさんからそう呼ばれた騎士に、私は抱きしめられた。

「っ!!」

 かすかに震える息遣いが私の耳や首筋にかかった。
 私は、騎士の髪色、そして瞳の色を見る。ヨハネという名前で銀色の髪と金色の瞳をもつ人のことを、私は一人しか知らない。

「ヨハネ君、なの……?」
「本当にユリア、なのか?」

 ヨハネ君(?)は目を細める。私を映し混んでいる切れ長の瞳は潤んでいた。

「う、うん! そうだよ、私、ユリア!」
「あぁ……ユリア、ユリアユリアユリア……!」

 ヨハネ君は私の名前を何度も呼び、抱きしめる腕に力をいれる。
 声変わりもしているし、喉仏も出ている。
 顔の輪郭もより鋭くなって、精悍になっている。
 背も見上げなければ視線が合わせられないくらい高くなっているし、肩幅は広く、がっちりしている。
 十五年前とはまったくの別人――。
 でもその表情の中にはたしかに、あの頃の面影があった。
 ヨハネ君は、私という存在を確かめるように、かすかに震える指先で顔に触れる。

「ヨハネ君、とても大きくなったのだね」
「……この年でヨハネ君はやめてくれ。ヨハネでいい」
「あ、そうだね。ヨハネ……さん?」
「ヨハネ」
「……ヨハネ」
「ああっ」

 大人の男の人を呼び捨てにするのは初めてで気恥ずかしい。
 ヨハネは、ふっと口元を綻ばせる。
 当時十歳だったから、今は二十五歳。

「年齢も、身長も、抜かされちゃったね」

 ジルディンさんだけでなく、周りの騎士さんたちも唖然として突然抱きしめられた私と、私を抱きしめるヨハネを見つめていた。

「お、お二人はお知り合い、なんですか?」

 ジルディンさんが聞いてくる。

「ええ……私たちは――」
「俺にとって、ユリアはかけがえのない人だ」

 私の言葉にかぶせるようにヨハネは言った。
 かけがえのない……?
 今まで一度もそんなことを言われたことがなかった私は、耳を疑ってしまう。
 たしかに私たちは義理とはいえ家族だから、かけがえのない存在よね。
 でもそんな風に思ってくれているなんて。

「俺が王都まで連れて行く。お前たちには護衛をつけるから集落に戻れ。ご苦労だった。よく、彼女を守ってくれた」

 ヨハネはいとも簡単に私を抱き上げた。

「きゃっ!」

 バランスを崩した私は咄嗟に両腕を、ヨハネの首に回し、すがりつくような格好になってしまう。

「わざわざ抱き上げなくても下ろして……」
「嫌だ」
「い、嫌だって……」
「……もう離すつもりはない」
「え?」

 ヨハネは私を馬に乗せると、すぐに自分も馬に跨がった。
 私はちょうど後ろからヨハンに抱きしめられるような格好になる。

「行くぞっ!」

 部下の騎士達に号令をかけ、ヨハネは馬を走らせた。
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