2021年にファミリーオフィスのアルケゴスが破綻し、多くの金融機関が巨額の損失を被ったアルケゴス・ショック。アルケゴスは破綻寸前の同年3月、資金をかき集めるために各金融機関の口座に預けていた金を引き出していたが、同社のスタッフがゴールドマン・サックス・グループ(GS)の口座から引き出すべきところを誤って送金してしまい、GSが返金要求に応じなかったため資金不足に陥ったことが、破綻の要因の一つになったという。5月24日付ブルームバーグ記事が伝えている。なぜGSは返金に応じなかったのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
アルケゴスを率いていた韓国出身のビル・ホワン氏は、ヘッジファンドのタイガー・アジア・マネジメント在籍時にファンドマネージャーとして高い評価を得ていたが、12年に中国株のインサイダー取引で米国の証券当局から告発され有罪判決を受けていた。タイガー社の解散後は、個人資産を運用するファミリーオフィスのアルケゴスを設立。複数の大手金融機関とプライム・ブローカレージ・サービス契約を結び株式やデリバティブ取引を行っていたとされる。特に「トータル・リターン・スワップ」と呼ばれる匿名性の高いデリバティブ取引を使い、市場に知られることなく大量の株式売買を行っていたことが、損失を大きくしたといわれている。トータル・リターン・スワップとは、投資家が金融機関に手数料を支払い、金融機関が株式の売買などを行い、その利益と損失を投資家に移転するというもの。投資家は金融機関から与信枠を設定され、レバレッジを利かせて自己資産より大きな金額のポートフォリオを形成することが可能となる。
なぜ、コンプライアンスを重視する大手金融機関が、こぞって有罪歴のある人物と多額の取引を行っていたのか。ゴールドマン・サックス、ドイツ証券などの大手金融機関でプロップトレーダー(自己勘定トレーダー)を歴任し、現在もトレーダーとして活動する志摩力男氏はいう。
「アルケゴスから得られる手数料は高額であり、利益が大きかったためでしょう。当初、GSはアルケゴスとの取引には否定的でしたが、他の金融機関が多額の利益を得ているのをみて、営業サイドの強い意向で、取引に踏み切ったのかもしれません」
アルケゴスが行き詰まったきっかけは、保有する米メディア株などの株価下落だった。保有株式の価値が低下し、金融機関からマージンコール(追い証:追加担保の差し入れ)を求められ、応じられないアルケゴスは金融機関に呼びかけて電話会議を行った。参加した金融機関はGS、モルガン・スタンレー、クレディ・スイス、UBS、野村ホールディングス(HD)など。
「会議では各金融機関が持つアルケゴス取引関連の株を勝手に売らずに協調して対応していこうという話も出たようですが、結果的にはその翌日、GSとモルガン・スタンレーは巨額のブロック取引を通して一部顧客に売却したといわれています。これにより、GSは損失を免れた一方、野村HDをはじめとする他の金融機関は多額の損失を被ることになりました。GSは米国をはじめとして世界中に厚い顧客網を抱えており、巨額ポジションでも売り抜けることができたのでしょう。アルケゴスの問題が表面化してそれらの株価が下がれば、買わされた側は損をすることになりますが、顧客の利益を重視するGSなので、将来的に人気の高い新規株式公開(IPO)等で、優先的に利益をもたらせる可能性が高いという暗黙の了解もあって、取引に応じたのでしょう」(志摩氏)