しかし、会社にとって極めて重要な看板商品であるシャウエッセンは、長きにわたり「伝統を守る」という極めて保守的に管理されていた。社内には「切ってはいけない、焼いてはいけない、違う味を出してはいけない」といった“シャウエッセンの掟”があり、厳格に守られてきた。
こうした状況に対して、井川社長は大胆な改革を進めた。まず、スライスしたシャウエッセンを載せた“シャウエッセンピザ”を発売。また、ホットチリやチーズなど、新たなテイストが加えられた。またウインナーのサイズのバリエーションも拡げた。さらには、これまで禁止していた電子レンジでの調理も解禁するという徹底ぶりであった。こうした施策に対して、開発に携わったOBたちを中心に大きな反発があったが、井川社長は何よりもチャレンジすることが重要であるとの考えのもと、粘り強く理解を求めていった。
マーケティングは顧客を満足させる全社的取り組みと捉えることができ、そのためにマーケティングリサーチ(市場調査)を実施し、消費者のニーズを明確化させ、そうしたニーズに応える商品の開発が一般に広く行われている。もちろん、こうした考えやプロセスの重要性は認めるものの、低価格競争の回避において重要なポイントとなる他社との差別化に対して有効に機能するとは考え難い。なぜなら、どの企業も消費者のニーズという類似した情報のもと、新製品開発に着手することになり、結果として同質化した製品が開発されてしまうためである。
1980年代の日本において、「本格的ドイツ風ウインナーを食べたい」といったニーズは、決して多くはなかったであろう。また、当時、業界には“300円の壁”(消費者はウインナーに300円以上は支払わない)というものがあり、少なくとも大手企業が着手する価格帯ではないと考えられていた。
よって、マーケティングリサーチを実施し、消費者ニーズを収集していればシャウエッセンは誕生していないだろう。概ね、「よりおいしい魚肉ウインナー」や「より手ごろな価格のウインナー」などにとどまっていたはずだ。「繊細な日本人の舌に合った本格的ドイツ風ウインナーを開発したい、そして日本の消費者に食べさせたい」というシンプルな作り手の思いにより、唯一無二の商品は誕生している。
価格は当時の常識である300円を大きく上回ったが、それだけの価値があると消費者を納得させる商品開発、プロモーションに見事に成功している。さらには、顧客に手間のかかる調理法である“茹でる”ことを強要している。
こうしたシャウエッセンの取り組みは、「顧客を満足させるのではなく、新たな価値を創造し、顧客に認めさせるという“顧客への挑戦”こそが脱・低価格競争への有効な処方箋になり得る」と教えてくれる。
(文=大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授)