「これまで中堅IT企業の初任給は『年収ベースで300万円台に乗ればいい』というのが相場で、これは中堅企業に限らず大企業でも似たようなものだった。エンジニア職と営業職などの事務系職の間で差は付けられていなかったが、特にエンジニア職では高度かつ専門的なスキルが求められるようになり、かつそのような人材は企業間で取り合いになるため、自然に初任給を含めた給与が上昇してきている。海外と比較して日本のITエンジニアの賃金が低いというのはずっと言われてきたことであり、それが是正されつつあるともいえる。
中堅IT企業各社の賃上げをみてもわかるとおり、今は『年収500万円を超えるかどうか』というのが一つの基準となりつつあり、志望者側もその線を意識している。規模の大きな企業では1000万円を提示するところも増えており、人材獲得競争では中小企業はますます厳しい戦いを強いられる。たとえば一人当たりの初任給を10万円上げて10人採用すれば、それだけで年換算で1200万円以上のコスト増となり、今までであれば、それなりのスキルを持つ技術者を2人くらい雇えるレベル。新人はすぐに即戦力になるわけではないし、教育コストもかかり、さらに初任給アップと同時に他の社員の賃金ベースも上げる必要がある。当然ながら賃金を上げても売上が上がるわけではないし、小さな規模の企業ほどビジネス環境がガラッと変われば一気に経営が悪化するリスクも抱えており、日本全体で進行する賃上げの動きは、中小企業の経営者にとっては悩ましい問題」(中堅IT企業役員)
大企業が大幅な賃上げに動くなかで、中小・中堅企業の採用においては、どのような変化・対応が生じているのか。株式会社UZUZ COLLEGE代表取締役の川畑翔太郎氏はいう。
「現場での感覚としては、求人に記載している入社時の給料アップというのは、中小企業ではまだ広まっていないという印象です。ただ、企業にとっては“誤魔化し”が効かなくなりつつあるとはいえます。これまでは他社や他の業界の給料というのは把握が難しく、社員は今いる企業の給料が低かったり昇給がなかったりしても、疑問を感じないまま受け入れているというケースは多かった。企業が採用において高めの初任給を提示して『初任給●円でインセンティブもあります』というかたちで強調しておいて、入社後は賞与も払わず昇給もしないというケースも少なくありませんでした。
ですが今では転職サービスや口コミサイトが普及して他社の給与実態が把握しやすくなり、スカウトサービスで『今のあなたのスキル、経験であれば年収●円くらいですよ』と情報が届けられるようにもなりました。こうなると、企業としては、これまでは昇給しなくても残っていた社員が他社に転職しやすくなってしまうため、業界水準に合わせて昇給する必要に迫られます。これまでは給与に関する情報格差により『企業側が有利だった』ともいえ、それが適正な状態に変わりつつあるともいえます」
現在、広い領域で人手不足が叫ばれるなか、中小企業は採用・人材確保面でどのような苦労をしているのか。
「中小企業の間では、まだそれほど大きな給与格差は出てきていませんが、新卒採用に限ってみても、人口減少に伴い就職する人の絶対数は減っていくため、採用における『大企業vs.中小企業』という構図はますます強まり、中小企業にとっては厳しい環境になります」
中小企業側には、どのような取り組みが求められるのか。
「初任給を引き上げるといった新規採用に意識を向けることよりも、まずは今いる社員の給料を引き上げるといった待遇向上の努力が重要です。コロナで社員の給料を引き締めて、すでに業績が回復したものの、そのままにしているという企業も少なくなく、きちんと利益を社員に還元するという意識が大切です。そうしていかなければ、特に優秀な社員ほど他社に転職してしまいます。また、当然ながら賃上げには原資が必要ですから、ビジネスで売上と利益をしっかりと上げることが求められます」
(文=Business Journal編集部、協力=川畑翔太郎/株式会社UZUZ COLLEGE代表取締役)