会場建設費が当初の1.8倍に膨れ上がった大阪・関西万博への逆風が強まっている。25年春開幕予定だが、工事は遅れに遅れている。共同通信の世論調査では68.6%が「不要だ」と回答しており、ネット上でも毎日のように「万博中止」がトレンドに上がる始末。そして、同じ大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)では、隣接した会場でカジノを含む統合型リゾート施設(IR)計画が進んでいるが、こちらもクリアすべきハードルが山積している。最大の問題は、環境問題だ。夢洲はごみの焼却灰や土砂で造成された埋め立て地で、地盤沈下や液状化の危険性が以前から指摘されていた。阪南大学流通学部の桜田照雄教授はこう話す。
「夢洲への浚渫土砂・建設残土などの埋め立てが始まるのは1987年ですが、ダイオキシンやPCBなどの有害物質の規制が始まるのは1999年ですし、土壌汚染対策法の環境ガイドラインが整備されるのは2006年のことです。ループホール(ルールの抜け穴)の期間が相当程度ありますので、アスベストも埋まっているでしょう。建設作業員への有害物質・有害ガスへの被害対策を講じなければなりませんが、夢洲での環境アセスメントでは労働安全衛生法は関係する法令とは見なされておらず、なんらの対策も講じられていません」
大阪湾口の工業地帯から1世紀近くにわたって工場排水が流されてきた。その規制が行われるのは1970年代からだが、そこに堆積したヘドロが夢洲の埋め立て素材になっているという。
「当然、重金属をはじめとする有害物質がヘドロには堆積していますが、海洋汚染防止法には『浚渫土砂を埋め立て素材に用いる場合は、有用物であって廃棄物ではない』との適用除外条項があります。1990年代末まで夢洲から排出された処理水は、主にph値で水質汚染状況が判断されていました」(桜田氏)
大阪IRの事業会社は、米MGMリゾーツ・インターナショナル日本法人とオリックスを中核とする「大阪IR株式会社」だ。大阪府は9月28日、同社と本契約にあたる「実施協定」を締結した。開業は2030年秋ごろを見込み、同社は今後、カジノ免許を国に申請し、認められれば開業準備がほぼ整い、全国初のカジノ施設が誕生する。
この実施協定に「解除権」が盛り込まれたことで議論を巻き起こしている。解除権の内容は、26年9月末日までに資金調達や土地の整備などが整わなければ事業者は違約金なしでIR事業から撤退できるというものだ。正確には、事業前提条件として、「税務上の取扱い」「カジノ管理委員会規則」「資金調達」「開発」「新型コロナウィルス感染症」「財務」「重大な悪影響」の7つが挙げられており、いずれかが成就していないと事業者が判断すれば、実施協定を解除できるとなっている。
最初の2つは、国際競争力と国際標準の確保を意味する。資金調達とは、融資契約の締結および融資実行の合理的見込みのことだ。開発は、土地・土壌に関する市における適切な措置の実施である。
事業者側はどんな事態を想定して解除権を盛り込ませたのか。当サイトの取材に対しオリックスは以下の回答を寄せた。
「今回のご質問についてのお答えは控えさせていただけますと幸いです」
桜田教授は事業者側が解除権を盛り込んだ理由をこう説明する。
「『何があるのかわからない』『何が起こっても不思議はない』土地で建設工事に着工しようというのですから、事業者サイドからすれば、最大限の免責条件を求めるのは当然のこと。工事に着工しても不慮の事実が発覚した場合には契約解除することを事業者が主張し、大阪府市はそれをのんだということです。大阪府市による IR 用地への地質や海底地盤のボーリング調査はごく限 られているし、土壌汚染調査はやっていないので、夢洲の状況には自信がもてず、業者の言い分を受入れざるを得なかった。着工時期をずらして、きちんと調査すればよいだけの話ですが、夢洲開発に不都合な事実が発見されればと大阪府市は考えるだろうから、環境面の問題を闇に葬る可能性を自ら摘み取ることはないと現場はハラをくくったのではないか」
12月4日、夢洲で地盤の液状化対策工事が始まり、開業に向けて実質的整備がスタートした。しかし、開業予定の30年秋までに工事は間に合わないのではないかと指摘する声は多い。まず、隣接地では25年4月から大阪・関西万博が開催される予定であり、IRと万博、双方の工事時期が重なるためだ。万博が始まれば、夢洲には来場者を運ぶバスが行き交い、市中心部へつながる陸路はIRの工事車両と万博の輸送車両で激しい渋滞になると予測されている。
次に、一般企業に定められている「時間外労働の上限規制」が、来年4月から建設業にも適用される。建設業ではこれまで法令の適用が猶予されていたため、36協定さえ結べば制限なく残業させても労働基準法違反にはならなかった。しかし、来年4月以降は、建設業でも一般企業と同様のルールとなるため、日本お得意の突貫工事はできなくなった。今でさえ、すでに人手不足が深刻な大阪IR工事現場で十分な作業員確保ができるのか。目が離せない状況が続く。
(文=横山渉/ジャーナリスト、協力=桜田照雄/阪南大学流通学部教授)