日系自動車メーカーのなかで唯一、内燃機関からの撤退時期を明確に公表しているホンダの電動化戦略に黄信号が灯っている。電気自動車(EV)への出遅れを取り戻すために最も頼りにしていた米ゼネラルモーターズ(GM)との最重要プロジェクトだった量産価格帯のEVの共同開発計画が頓挫した。ホンダが単独で競争力の高い量販EVを開発するハードルは高く、電動化戦略の抜本的な見直しを迫られるのは確実だ。
ホンダの青山真二副社長はGMとの共同開発を中止する理由について「さまざまな検討をしてきた結果、一緒にやらないほうが双方にとってウィンウィンになるとの結論となった」と述べるにとどめ、具体的な対立点などについては明かさなかった。ホンダとGMは2022年4月に3万ドル以下の量販価格帯の中小型EVを共同開発して、27年に北米をはじめとするグローバル市場で両社それぞれのブランドで販売する予定を公表した。しかし、合意から1年半の短期間で共同開発を中止することになった。
この背景にあるのが、中国を中心とするEVの価格競争激化と見られる。中国は経済の先行きが不透明ななかでも新車市場が順調に推移しているものの、値引き競争が激化している。とくにEVは中国ローカルの自動車メーカーの参入が相次いだ影響もあって値引き競争が相次いでおり、EVの世界販売2位のテスラでさえ、値下げで販売を支えている状況で、テスラの売上高営業利益率低下を招いている。
関係者によると「GMが、EVの販売を増やして存在感を強めているBYDなどの中国自動車メーカーに対抗できるEVを開発すると主張したのに対して、利益率低下に悩むホンダは収益重視は譲れないとして意見がぶつかった」という。ホンダの青山副社長は「今のマーケットで廉価のレベルについての互いの考え方に差があった」と説明する。
共同開発中止でより大きなマイナスの影響を受けるのはホンダだ。ハイブリッド車に経営資源を集中してきた影響もあり、ホンダはEV販売に出遅れている。ホンダが23年4~9月期に中国販売が前年同期比12.3%減と大幅に落ち込んだのも、売れるEVを持っていないからだ。
EV巻き返しに向けて頼りにしてきたのがGMだ。GMと共同開発する計画だった量販価格帯のEVは、両社がグローバルに展開している工場でそれぞれのブランドで生産して、お互いに供給し合うことも視野に入れていた。ホンダは30年にEVを200万台生産する計画を掲げているが、共同開発するEVがこの計画の多くを占めていた。
ホンダは収益の柱である米国市場でEVの販売を伸ばす方針だ。その米国市場では、IRA(インフレ抑制法)によって購入者が税額控除を受けられるEVは北米生産という条件が設定されており、車載用バッテリーや重要鉱物の調達先に関しても条件がある。GMとの協業なら税額控除対象となるEVを開発しやすかったが、ホンダが単独でこれをクリアするのはハードルが高いと見られる。現在、日系自動車メーカーのEVのなかで、米国市場で税額控除対象となっているのは日産自動車の「リーフ」だけだ。米国で生産する量産型EVのバッテリー調達でも苦労しそうだ。
ホンダは40年に販売するモデルをEVと燃料電池車(FCV)のみとして、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車含めて内燃機関から撤退することを公表し、電動化戦略を推進してきた。EVの商品ラインアップを拡充するとともに、今年9月には30年度に四輪車と二輪車のEV利益率を5%以上、その後に10%以上にする目標も公表している。計画のなかで最重要となるはずだったGMとのプロジェクトが白紙となったことで、ホンダは電動化戦略の抜本的な見直しを迫られることは必至だ。ホンダは、GMからのOEM(相手先ブランドによる生産)供給を受けて24年初頭に北米市場でEV「プロローグ」を発売する計画などは予定通りだとしている。
ただ、ホンダはGM、自動運転車を開発するGMクルーズの3社で日本に合弁会社を設立し、26年初頭に東京都心で自動運転タクシーサービスを事業化すると大々的に発表した。しかし、その直後、GMクルーズによる自動運転中の交通事故がカナダ、米国で相次ぎ、米国ではサービス停止命令を当局から受けるなど、自動運転サービスに対する不安が高まっており、ホンダは出足からつまずいた格好だ。ホンダは量産価格帯のEVの共同開発中止後も、GMとの包括的な提携事業は推進する方針を示しているが、「GMとの関係にすきま風が吹いている」(関係者)との見方もある。今後、GMとのプロジェクトを積極的に推進してきたホンダの三部敏宏社長の責任を問う声が強まる可能性がある。
(文=桜井遼/ジャーナリスト)