広告主としては当然、自社の商品・サービスのターゲット層の視聴率が高い枠に、重点的にテレビCMを出稿したいという思惑が働く。購買意欲の高い現役世代の若者にリーチしたい広告主は多く、コアターゲット視聴率はテレビCMの単価にも影響する。
日本テレビはコアターゲット視聴率で、テレビ朝日を含めた他のキー局と大差を付けている。個人全体の視聴率では2位に後退した日本テレビが、今なお放送収入で頭一つ抜けているのには、こうした現役世代への強さも関係している。
前出とは別のキー局社員は、各局の視聴率の違いを広告主に説明する際、ホテル経営を比喩に用いるようにしているという。
「個人全体の視聴率がホテルの部屋数だとすれば、コアターゲット視聴率は部屋の価格。テレビ朝日は部屋数が多く、安いホテルだとすると、日テレは部屋数が多く、価格も高いホテルだ」
言うまでもなく、個人全体、コアターゲットいずれの視聴率も高いことが理想だが、視聴者の数だけでなく中身の違いも、テレビ局の収入を左右する時代へと変わりつつあるようだ。
もっとも、テレビ離れ自体に歯止めを掛けられない中、王者の日本テレビでも広告収入の減少は深刻だ。そこで今、テレビ局の間では、“テレビ以外の場”での競争が熱を帯びてきている。
それが民放キー局・準キー局などが出資する配信サービス「TVer」だ。2022年から民放5系列で地上波番組との同時配信を開始し、足元では急速にユーザー数を伸ばしている。今年3月の月間動画再生数は4.5億回を突破し、過去最高を更新した。
TVerの薄井大郎取締役は、「以前までTVerで番組を配信するのを控える動きもあったが、サービスの急拡大に伴い(TVerに対する)業界全体からの期待の高まりを非常に感じる」と手応えを語る。そのうえで、「今のユーザー数で良しとも思っておらず、昔のテレビのように毎日見られるような国民的なサービスにしたい」と意気込む。
TVerなどの配信サービス経由の収入拡大は、視聴率低下にあえぐテレビ局にとってはまさに最重要課題。TBSも番組の視聴率だけでなく、その後の配信収入などまで含めたコンテンツのLTV(ライフ・タイム・バリュー)を重視する戦略を打ち出している。
ただ、TVerなどの配信広告費は拡大しているとはいえ、テレビ広告費の急速な縮小にはまったく追いついていないのが実情だ。
ある放送業界関係者によれば、TVerの収入がテレビ広告の収入減を補えるようになるまでの期間を、テレビ局や総務省関係者らは「死の谷」と呼んでいる。一般的には、ベンチャーなどが事業を黒字転換させるまでの期間を指す言葉だが、開局から半世紀以上が経つテレビ局も目下、その“谷”にはまってしまっているわけだ。
TVerの収入増に向けては、広告主に対する認知度拡大が不可欠となる。「クライアント(広告主)側は4マス(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)担当とデジタル担当で分かれていて、その中間のTVerをどちらが担当するか、明確になっていない場合が多い。”ポテンヒット”のようになってしまっている」(TVerの古田和俊執行役員)。
テレビ局にとって悩ましいのは、「テレビでの高視聴率番組=TVerでの人気番組」という方程式が成り立つわけではない、ということだ。
例えばTVerの視聴数ランキングを見ると、テレビ視聴率ではキー局最下位のフジテレビの番組が上位に並ぶことも多い。一方で視聴率王のテレビ朝日の作品はTVerでは必ずしも上位には並んでおらず、あるテレビ朝日ホールディングスの社員は「われわれはTVerでは出遅れている状況だ」と打ち明ける。