正規のルートでは上陸できなかったが、中国人の多くは2000年代からネットや海賊版を通じてジブリ作品に触れるようになり、宮崎監督のことをアニメ映画の礎を築いた第一人者と認知している。
新海監督のファン層は10代後半から20代のZ世代が中心だが、活動期間の長い宮崎監督はより広い世代に支持されている。
日本と異なる宣伝戦略も、『君たちはどう生きるか』の初速と評価に大きく関係している。
同作品は日本ではストーリーや出演者などの情報が公開までほぼ明かされず、宣伝もされなかった。映画館に足を運ばないと何もわからない異例の手法がかえってファンの興味を引き、出足こそ好調だったが、映画を見た人たちの多くが「難しい」「暗喩が多い」と戸惑った。過去の作品の足跡をちりばめながら、宮崎監督の人生観が色濃く反映されたストーリーは賛否両論だった。
中国ではアリババグループの映画事業会社アリババ・ピクチャーズ・グループら2社が中国での配給やプロモーションを担当し、しっかりとプロモーションを行った。
3月28日に上海で開かれた先行上映会にはジブリの鈴木敏夫プロデューサーと中国版の声優が登壇、鈴木氏は作品の主人公とアオサギが宮崎監督と自身のモデルだと明かし、会場を盛り上げた。
中国最大の映画レビューサイト豆瓣(douban)で『君たちはどう生きるか』は20万近いレビューがついており、平均スコアは10点満点の7.7と、ほかのジブリ作品に比べると明らかに低い。5つ星評価で3以下の低レビューの多くは中国で上映が始まる前に投稿されており、こちらは日本人同様に戸惑いが見られる。
「見終わった後、何を見たのか考え込んだ。風邪を引いたときに見る悪夢のよう。前半は何とか理解できたが、後半はうなされ続けた」
「日本人にも理解できないのに、どうして自分に理解できようか。絵は美しかった」
一方、「戦争やオイルショックを経験して、まだ創作活動をしている監督を尊敬してやまない」と言ったように、作品の内容には触れず、宮崎監督を称える投稿も少なくない。
それが、中国での上映後に投稿されたレビューは、暗喩の多さや難解さを受け入れ、自分なりに解釈しようと作品に「寄り添う」ものが増えている。
「難解」との前情報が出回っていることと、アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞して箔が付いたこともあるだろうが、「映画に人生をささげた宮崎監督の別れの一作」を前面に出したプロモーションが、観客に心の準備をさせ、作品受容度を高めているのは間違いない。
日本では「10年ぶりの新作」として話題を呼んだ『君たちはどう生きるか』は、中国では83歳の宮崎監督の「最後の作品」と思わせる演出が強調され、ポスターには「告別之作」と記されている。
「宮崎監督からのラストメッセージを、しっかりと受け止めなければ」との思いに駆り立てられ、多くの人が映画館に足を運んでいるのだ。
もちろん、公開後5日間で興行収入が100億円を超えたのは、3連休に当ててきたことを抜きには語れない。今後は日本と同じように勢いが鈍る可能性も十分にある。
そうだとしても、日本のアニメ映画にとって追い風となったのは間違いない。5月1日から始まる労働節(メーデー)の5連休に合わせて、中国では話題作が次々に封切られる。その中には『ハウルの動く城』『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』と、日本アニメ2作品が含まれる。
2004年に日本で公開されたジブリ作品『ハウルの動く城』は豆瓣で100万を超えるレビューが投稿され、平均スコアは9.1と極めて高い。『君たちはどう生きるか』が難しくて消化不良だったとしても、中国人には宮崎駿アニメの王道を行く次の作品が用意されているのだ。