米国の通信品位法はITバブル真っ只中に成立した法律である。それまで研究者らに限定されていたインターネット利用の裾野が広がり、児童ポルノなどの有害コンテンツが新たな問題として浮上していた。そのような背景の中、同法は、インターネットサービスプロバイダなどのオンラインサービス事業者に対して、表現の自由に熟慮の上で、コンテンツに対する説明責任を課した法律として理解されている。
通信品位法の230条は、オンラインサービス事業者に大きな特権を与えた(Koseff 2019 The Twenty-Six Words That Created the Internet. Cornell University Press.)。前提として、言論の自由を定めた合衆国憲法修正第1条のもとに、書店や新聞社などが違法なコンテンツの流通を止めなければ仲介者としての責任が問われる。
そんな中で、通信品位法230条は、インターネット上での情報の仲介者たるオンラインサービス事業者は、あくまで情報を右から左に流しているだけであり、その上を流れる情報について責任を追求されないと明記したのである。おかげでソーシャルネットワークサービスや検索エンジンなどのオンラインサービス事業者は、ユーザーが投稿する様々な情報を制御する義務から解き放たれ、低コストで、新しいチャレンジを行うことができた。
その後およそ20年の間、オンラインサービス事業者は、「たんなる通信路(mere conduit)」としてインターネットという場における情報の流れが滞ることがないよう、安定したインフラの提供を社会から期待されてきた。その上を流れる情報の中身に積極的に関知しないことで、表現の自由や通信の秘密を守ることを求められてきた。
通信品位法成立から28年が経ち、今日のインターネットは単なる実験の場などではなく、生活に欠かせないものとなった。その上を流れる情報について、偽情報やヘイトスピーチ、児童ポルノその他ありとあらゆる問題が指摘されている。
現代のオンラインサービス事業者の役割はもはや「たんなる通信路」ではない。その上を流れる情報についてオンラインサービス事業者にも一定の責任があるという考えが強くなってきた。
このオンラインサービス事業者の役割の再定義、言い換えればオンラインサービス事業者の規制に向けた議論をリードしているのは欧州である。例えば欧州においては、2024年2月からデジタルサービス法という名の法律が全面適用された。
欧州連合(EU) 内にユーザーがいるすべてのオンラインサービス事業者に対して、違法コンテンツ、偽情報などへの対応や未成年の保護措置を義務付けた。とりわけEU域内人口の10%以上が使うような検索エンジンやプラットフォームには多くの義務が課せられた。適切な措置が取られない場合は、最大で全世界年間売上の6%という巨額の罰金を課せられる。
同法は状況の把握のための、監督機関に情報提供要請の権限を認めている。既にXやTikTokが、デジタルサービス法のコンプライアンス調査に疑義が生じたということで、法的手続きの途上にある。
デジタルサービス法はいくつかの様々な工夫をして規制の実効力を高めようとしている。まずは前述のEU域内人口の10%以上が使うような検索エンジンやプラットフォームに対して厳しい規律を求めている。
2024年8月時点で、グーグルとBingの2つのサービスが検索エンジンとして、アマゾン、メタや3つのアダルトサイトなど合計13サービスがプラットフォーム規制の対象となっている(European Commission 2024“Supervision of the Designated Very Large Online Platforms and Search Engines under DSA.” 2024 )。またオンラインサービス事業者とここまで一括りにしてきたが、デジタルサービス法では、ホスティングサービス、キャッシングサービス、単なる通信路などと細かな分類を設け、それぞれに異なる規律を求めている点も先進的である。