EV普及には優れた車両だけでは不足で、充電や保守整備、保険など関連インフラの整備が不可欠。中国がくり広げた「クレイジーなレベルのEV普及策」を、東南アジア諸国が模倣できるとは考えがたい。
それでもEVシフトは一定のペースで進むはずだ。東南アジア諸国も脱炭素の計画を策定している。
タイは30年までに販売台数の50%をEVにする。インドネシアは35年までに製造台数の30%をLCEV(ロー・カーボン・エミッション・ビークル、EVやハイブリッドなどを指す)に転換。ベトナムは50年までのカーボンニュートラル達成を目指す。計画実現にはEV振興は不可欠であり、購入補助金や充電インフラ整備はなんらかの形で継続されるはずだ。
さて、ここまでは「東南アジアを失う危機」という日本企業の目線から見てきた。では、中国企業目線で見ると、どう映るのだろうか。ポジティブな面で見ると、「中国市場と東南アジア市場の類似性」が挙げられる。
中国企業の発展を理解するカギとなるコンセプトが紅利(ボーナス)だ。労働人口の増加、インターネット普及率の増加、スマートフォン普及率の増加など、市場のパイそのものが拡大していく追い風にうまく乗ることができれば、企業は急激に発展できる。東南アジアは中国の3~5年遅れでビジネストレンドがやってくるとみられており、中国での成功例を移植すればチャンスは大きいとみられていた。
このロジックにのっとってIT企業やスマートフォンメーカーは進出を続けた。電子商取引(EC)、配車アプリ、動画配信、ショート動画など成功例は多い。そして次はEVの番だというわけだ。
一方で、しぶしぶ東南アジアを選んだという側面も見すごせない。ポイントは「やむをえない選択肢」「中国国内の競争激化」の2点だ。
まず、「やむをえない選択肢」について、中国経済誌『財経』ウェブ版は24年7月8日に「中国車はなぜ東南アジアで売れるのか?」との記事を掲載した。そこに「中国メーカーにとって東南アジアという選択肢は主体的なものであると同時に、受動的なものでもある」という一節がある。
テスラなど他国のEVメーカーがまだ地盤を築いていないブルーオーシャンであるという意味では主体的に進出したい市場も多い。一方で大きなマーケットである米国や欧州は米中対立や貿易摩擦の問題から大々的な展開は難しく、残されためぼしい選択肢は東南アジアと南米ぐらいしかない。
海外進出できなくても、世界最大の中国市場があるのだから安泰、という話でもない。これが第二のポイントである「中国国内の競争激化」だ。
中国EV市場全体で見ると成長しているが、激しい競争がくり広げられており、企業別に見るとすでに淘汰のフェーズに突入している。なんといっても最大手のBYDが強すぎる。
コスト改善能力に優れ、EVでは唯一の黒字企業だ。その体力を生かして積極的な価格競争をしかけている。
赤字続きの他メーカーも値下げに追随せざるを得ず、結果として中国国内ではいくら売っても儲からない状況だ。中国以外の市場ではより高い価格で販売できることから生き残るために海外進出を加速させるという構図がある。
その象徴とも言えるのがNETA(哪?汽車)だ。22年には約14万台を出荷し、新興EVメーカー(10年代に設立されたEVメーカーを指す。BYDは含まれない)でトップの製造台数を記録したが、翌年からは一転、激しい競争に敗れ倒産危機に直面している。同社はタイ市場に望みをかけ、現地に工場を作るなど大々的に進出したが、ここでもBYDとの戦いが始まり、劣勢に追い込まれている。タイ市場における24年上半期の販売台数は前年同期比で半減している。