一人でいくらおいしいものを作っても、食べるのが自分だけなら、面白いわけがありません。
料理は人に食べてもらってこそ、本当の評価がわかりますし、一緒に食べる楽しさがあります。
配偶者の死によって、男性であれ女性であれ、一人住まいは決して珍しいことではありません。65歳以上では3割くらいが一人住まいです。
だから一人で料理を作って一人で食べるというのは、高齢者では普通のことになっています。
しかし、それではどうしても、お腹を満たすだけの食事になりがちです。
料理を作ったら、一人だけで食べるのではなく、なんとかしてだれかに一緒に食べてもらう。
一緒に食べてくれる人を見つけるというのはなかなか難しいですが、非常に大切なことだと私は考えています。
例えば、だれかに「おいしい」と言われることは、じつは脳にとっても非常に大切です。
褒められることで脳のドーパミンが分泌されますから、快感や達成感になり、また料理を作ってみようと感じるわけです。
カーネルサンダースは子どものときに、自分の作った料理を母親に褒められた記憶が鮮明に残っていて、それがフライドチキンを作る原動力にもなったと言います。
一緒に食べてくれる知り合いを作っておく。このことは、料理することを楽しむという意味でも必要なのです。
アートには結局、才能・感性が大きく影響しますが、時にアートにも例えられる料理もその人の才能・感性が影響します。
他人に食べてもらうとなると、そこには「その作った人そのもの」が反映されるというわけです。
とはいえ、それほど難しく考える必要はありません。
おいしい料理を作るには、努力も多少必要ですが、「人を楽しませることが楽しい」と感じられるのであれば、それで十分才能があると言えます。
前述のロブションのジャガイモのピュレは、自宅にある材料ででき、レシピ通りに作るだけで、驚くほどおいしい料理になります。
レシピ通りに作れば、それなりにおいしくできることが、料理の面白さだと思います。
料理をすることで意外な自分の才能を発見できるかもしれません。
料理を作ることに楽しみを見いだせれば、趣味として成り立ちますし、人を驚かせる面白さがくせになるかもしれません。
めんどくさいなあと思いながらも料理をする、そんなレベルから、料理で人に喜んでもらうというふうに、考えを前向きに変える。
そうした考え方の転換をすることが重要です。そうなれば、料理をする時間は、創意工夫の時間になり、楽しくなるはずです。
一人で作って一人で食べるのはみじめだなと思うのではなく、一人で食べるときでも、いずれだれかに振る舞うために、いろいろな料理に挑戦できるチャンスと思うのです。
与えられた環境がネガティブなものであっても、捉え方によっては前向きに変えることもできます。
そうした捉え方の転換が、孤独や高齢を乗り切る方法なのです。