社内の問題を発見し、解決していくために重要なのは、コミュニケーション能力です。人の話をしっかり聞くことができる「受信力」はもちろん、他者を説得できる「発信力」も非常に大事です。人事の企画や提案を通していくためには、経営や現場など、どんな相手に対しても説得力のあるプレゼンテーションができなくてはいけません。そういう意味では、営業職と同じくらいコミュニケーション力が必要な職種ともいえるでしょう。
経営者とやりとりをする場面が多いので、経営者の視点も理解しておかなくてはいけません。経営判断として、人を採るか採らないか決断しなくてはならない場面もあります。人を減らす、異動させるといった判断も、ある種ドライにやらなくてはならないときもあります。社員に寄り添うことも大事ですが、それだけではダメなのです。
経営とのやりとりでは、答えが見えない課題に取り組むことになります。そのため好き勝手なことを言われたりもします。経営者や役員から「人事だヘチマだ」とボロクソに言われるつらさもあったります。が、それにめげていたら企業人事は務まりません。
自分が正しいと信じることに対しては、たとえ相手が経営者でも役員でも管理職でも「それはダメです」ときっぱり言う。逆にやるべきことであれば、断固として「やるんです」と何回でも訴える。「ならぬものはならぬ」と言える勇気、会社をよくしたい、社員を成長させたいという信念、ときには経営に対する反骨心も必要になります。
人事異動の提案を持っていっては「ダメ」と言われたり、「いいね」と言われたり、評価の交渉ごとをやったり、ちょっとした便宜をはかってみたり。経営者、役員、管理職、メンバー、社内のあらゆる人々とやりとりする機会があり、うまくいけば頼りにされる。そういう意味では、否応なくコミュニケーション能力が磨かれ、経営的な視点も身に付くダイナミックな楽しさがある仕事です。これも人事の醍醐味といえるかもしれません。
先日、18年前に人事部長をしていた頃に採った当時の新入社員2人から連絡があり、一緒に飲む機会がありました。今、彼らは40歳。1人は今もその会社に勤めていて、1人は独立して人事コンサルタントになっていました。
かつて採用した人たちが今も活躍し、会いに来てくれるのは嬉しいものです。同じ会社で活躍している人もいれば、転職した人もいっぱいいますが、多くの人たちのキャリア形成に携わることができるのは、人事ならではの喜びかもしれません。
私が「人事の心情」の1つとしているのは、社員が「どこにでも行ける人材」になってもらうこと。20年先、30年先を考えるのは、今の時代とても無理ではあっても、5年先、場合によっては10年先ぐらいまでは、どのような力を身につければ、将来その人が市場価値を持って、社会で十分に活躍できるはおおよそ読むことができます。
その知見を持って、採用や配置を考える。そして、その人が社会においての「汎用的な力」を身につけていくように人事施策を考えることを大事にしています。
社員ではありませんが、中途採用の面接に来た40代の男性に思わず説教してしまったこともありました。志望動機が「家族を海外旅行に連れていきたい」だったので、「自分がどんな価値を出せるのか、どのように会社に貢献できるのか、よく棚卸ししてみてください。そうしないと転職活動は難しいと思います。そういうことを考えてから、また会いましょう」とお伝えして、採用はしませんでした。
後日、その人が「あのとき西尾さんに言ってもらったことで道が開けました」と言って菓子折を持ってきてくれました。別の会社に再就職が決まったそうです。
有能な人材を確保し、会社の成長に結びつける。あるいは、世の中で活躍できるように道をつくる。それが人事という仕事の最大の醍醐味かもしれません。うまくいくケースも、そうでないケースもありますが、会社や社員をより良くしていくために、多種多様な問題に取り組む。仕掛けを考え、苦労しながら実行し、その結果が見えたときは「この仕事をやっていて本当に良かったな」と思えます。決して楽しいことばかりではありませんが、奥深く、意義のある仕事。それが人事だと私は思っています。
次回につづく