中小企業やベンチャーが人事担当者を任命する場合、よくある課題は、まずは採用でしょう。人が採れない、すぐに辞めてしまう、離職者が増えている。そんな状況に陥ると「うちの会社にも、やっぱり人事が必要」という話になります。
もしくは、教育です。人が育たない、管理職が成長しない、もっと自分で考えて動いてほしい。このような危機感を持った経営者が、人材育成に力を入れるために、人事担当者を任命するケースも少なくありません。
経営者が感じている「自社の課題」とは何か。採用なのか、教育なのか、給与なのか。人事の領域は幅広いため、全部をいっぺんに変えることはできません。だらこそ、何から変えたらいいのか、最優先すべきミッションを確認するのです。
ただし、たとえば経営者から「教育だ。研修をやってくれ」と言われたとしても「わかりました。すぐにでもやります」と言ってはいけません。「すいません、半年か1年、お時間をいただけませんか」とお願いするようにしましょう。
なぜなら、すぐに研修をやっても、あまり効果が出ないからです。社員を教育するために研修を行うのはいいことです。世の中には、いい研修もたくさんあります。しかし多くの会社は、単発で終わってしまうケースがほとんど。効果が持続しません。覚えているのは、食事とお風呂だけ。そんな結果になりがちです
その原因は、目的が曖昧だからです。研修において大切なのは、評価制度や等級制度、あるいは給与制度があり、キャリアステップが明確になっていること。
何をしたら評価が上がるのか、昇格するのか、給与が上がるのか。それらが明確になっていない状態で研修をやっても、あまり意味がないのです。研修は、階層ごとに求めるスキルや行動を特定してから、その獲得のために実施すべきです。
これは採用においても同様です。求める人材像やキャリアステップが不明確な状態で人を採っても、ミスマッチが起こります。離職者を減らすためには、会社の制度を根本的に見直す必要があります。要は、採用にしても、教育にしても、課題を解決するためには、それなりの下準備が必要なのです。
前述したように、人事という領域はとても幅広く、それぞれの分野が密接に関連しています。「採用」をするためには、入社後の「教育」についても考えておかなくてはいけません。「評価」の基準もしっかりと決めておかなければいけません。それが「給与」の仕組みにも影響してきます。
個別の施策を考える前に、まずは人事の全体像を描く必要があるのです。
それには、やはり時間がかかります。
私は人事経験者でしたが、前職で人事の全体像を構築するまでに4〜5ヶ月はかかりました。未経験の「ぼっち人事」でしたら、まずは人事の基礎から学ぶ必要もあります。なおさら時間がかかることでしょう。経営者に前ページの図を見せて、人事の全体像を把握し、基本を学ぶ、潜伏期間をもらうことが必要です。
もちろん経営者から「すぐに教育をやれ」などと言われることもあるでしょう。私もそういう経験がありますが、その会社では何を教育するかが明確になっていなかったので、「まずは何の教育をするかをみんなで考える研修をしましょう」と提案しました。このようにして時間を稼ぐ方法もあります。
どんな仕事もそうですが、人事は特に基本が重要です。拙著『この1冊ですべてわかる 人事制度の基本』(西尾太/日本実業出版社)や『プロの人事力』(西尾太/労務行政)、またはオンライン講座「人事の学校」を見ていただいてもいいでしょう。他の方の本や講座でも構いません。まずは人事の基本を学んでください。
そうして人事の全体像が見えてきたら、次のステップに進めます。それは「人事ポリシー」=「企業の、働く人に対する考え方」を決めることです。これがすべての人事施策の出発点になります。これについては次回、詳しくお伝えします。
次回につづく