「大量のEVがゴミに」世界でエンジン車回帰か、米国EV普及目標を引き下げ

 背景には、米国以外の国でも政府によるEV普及策が緩和されつつある点があげられる。ドイツは昨年12月にEV購入への補助金を終了し、フランスはアジア生産のEVを補助金の対象外とした。イギリスはすでに22年に補助金を終了している。

 こうした変化を受け、自動車メーカーも方針転換をあらわにしている。30年に完全電動化をするとしていたメルセデスベンツはこれを撤回し、新型エンジンの開発に着手。GMはプラグインハイブリッド車(PHV)の生産再開の検討に入ったと伝えられており、ミシガン州の工場での電動ピックアップトラックの生産拡大の延期を発表している。そして2010年代の半ばから完全自動化機能を搭載するEV「アップルカー」の開発に取り組んでいたアップルがEV開発を中止することが2月に明らかとなった。

崩れる「環境負荷が低い」という名目

 自動車メーカー関係者はいう。

「EVが好調なのは、政府が国策としてEVを推進する中国くらいで、米国と欧州は失速状態といっていい。充電ステーションが普及していない点や高額な価格、航続距離の短さといった制約により、EVの購入層は一部のエリア、人に限られるのが実情で、『行き渡るべき人には、ひとまず行き渡った』ため現在の諸条件下では需要が頭打ちになった、というのが今の状況。

 そしてEVの新たな問題として表面化しているのが、リセールバリューの低さだ。車を買い替える際は古い車を売って、そこで得た資金を新しい車の購入費用に充てるというのが一般的だが、再販価格が低いと次の車の取得コストが事実上上昇するので、EV購入のハードルとなる」

 少し前には、テスラの「モデルS P85」でバッテリー不具合が生じ、同社から交換費用の見積もりとして230万円を提示されたという事例が話題を呼んでいたが、自動車ディーラー関係者はいう。

「EVはエンジン車とは構造が大きく異なり、また絶対数として流通台数が少ないため、自動車整備工場にノウハウや部品がなくて修理できなかったり、修理費用が高額になる可能性がある。また、損保会社の任意保険の保険料がガソリン車よりも高い傾向があるというのもネックだ」

 そしてEVの普及には根本的な問題があるとの自動車業界関係者はいう。

「大きくは3つある。まず、EV推進の目的は二酸化炭素(CO2)排出量の削減など環境負荷低減だが、原材料の採掘から製造、廃棄までの全工程ベースではEVのほうがエンジン車よりもCO2排出量が多く、環境負荷が重いということが指摘されており、そうなるとEV推進の正当性が崩れる。2つめは原材料となるレアアースの調達だ。EVでは多くのレアアースが使われるが、量が少ない上に埋蔵地は一部の国に偏在しており、大手の自動車メーカーでも調達が難しくなってきている。

 そして、これとも関係してくるが、3つ目が中国勢の台頭だ。すでに販売台数ではBYDがテスラとほぼ互角となっているが、世界のEV市場では中国系メーカー勢が4割以上を占めており、後塵を拝する米国と欧州の政府は危機感を持っているとされる。欧米の自動車メーカーの売上に大きな影響をおよぼし始めれば、自動車業界の要請を受けるかたちで各国政府がEV推進一辺倒から舵を切り、欧米メーカーが中国メーカーに対して優位性のあるエンジン車に回帰していくことも十分に考えられる。特に米国では政府の方針が変わることに加えて、一時は高騰したガソリン価格が落ち着きをみせ当面は抑えられた水準が続くと予想されていることもあり、ガソリン車回帰が進むという見方も強い。リセールバリューの低さや充電ステーションの少なさもあり、“アメリカでは大量のEVがゴミになる”というジョークまで聞かれる。

 EVが普及するといっても、現実的に可能性があるのは欧米と中国、そして日本くらいで、東南アジアやアフリカ、南米などは将来的にも相変わらずエンジン車が主流となる。トヨタ自動車の豊田章男会長は『BEV(バッテリー式電気自動車)が進んだとしても市場シェアの3割だと思う』と言っているが、世界全体でみれば、それくらいが上限となってくるというのが業界的な肌感覚だ」

(文=Business Journal編集部)