ウクライナ戦争勃発によるインフレ加速に対して、米連邦準備理事会(FRB)は2022年3月にゼロ金利政策を解除し、その後23年7月まで11回連続の利上げを実施した。現在のフェデラル・ファンド(FF)金利は5.25~5.5%となっているが、経済成長率(前期比年率)は好調を続け、23年7~9月期4.9%、10~12月期3.3%とむしろ加速する勢いを見せている。5%も金利が引き上げられても景気後退に陥らない米国経済だが、経験則が通じないのは3つの理由が考えられる。
第1は過剰貯蓄の取り崩しによる個人消費の強さである。バイデン政権がコロナ対策として採用した1.9兆ドルの「米国救済計画法」や1.2兆ドルの「インフラ投資雇用法」の財政刺激策とコロナ禍で消費が手控えられた結果、過剰貯蓄は21年初めには2兆ドルまで積み上がった。これは個人消費の12%に相当する。これ以降、過剰貯蓄が取り崩されたことで、実質消費の伸びは21年8.4%、22年2.5%、23年2.2%と堅調に推移した。
第2はデジタル化という産業構造の変化である。米商務省経済分析局(BEA)は23年12月に米国のデジタルエコノミーに関するレポートを発表したが、デジタルエコノミーとは(1)コンピュータネットワーク、情報通信技術(ICT)などのデジタルエコノミーをサポートする素材、組織配置などのインフラ、(2)電子商取引(e-commerce)、(3)通信、インターネット、データサービス、クラウドサービスなど有料デジタルサービス、(4)非国防の連邦デジタルサービス、などである。
デジタルエコノミーは2017年の1.8兆ドルから2022年には2.5兆ドル、平均伸び率は7.1%とGDP成長率の平均2.2%を大きく上回っている。しかも、2020年に米国経済が▲2.2%のマイナス成長に落ち込んだ年でも6.5%のプラス成長を記録するなど、デジタルエコノミーが外部要因に大きく影響されず、自律的に成長を続けているのが分かる。この自律性こそが金融引き締め局面でも米国経済を下支えしている理由だ。
デジタルエコノミーの貢献は株式市場でも顕著にみられる。映画『荒野の七人』にちなんでMagnificent Sevenと呼ばれるグーグル、アマゾン、フェイスブック(現メタ)、アップルのGAFA4社にマイクロソフト、テスラ、エヌビディアの3社を加えた主要テクノロジー企業7社の牽引力は群を抜いている。株価指数S&P500は23年に24%上昇したが、このうち18%はこの7社の株価上昇(74%)がもたらしたものだ。製造業と異なり、テクノロジー業界はイノベーションのスピードが早く、金利の影響は極めて小さい。金融引き締め下でもテクノロジー業界が米経済を牽引しているのが現実の姿である。
第3は家計の資産効果が強く働いているからである。個人消費に影響を与えるのは一次的には所得だが、最近では保有資産価値の影響も無視し得ない。株式についてはNYダウが23年末に3万7869ドルをつけたが、これは2000年1月の1万940ドルの3倍以上である。この結果、家計の金融資産は2000年の34兆ドルが23年には115兆ドルと80兆ドルも増加している。
一方、個人所得は9兆ドルから13兆ドル増えて22兆ドルとなっているが、金融資産の増加は個人所得の増加の実に6倍にも達する。よって、金利が上昇しても、消費を抑制する家計の割合は減ってきている。まさに消費関数論のジェームズ・トービンの流動資産仮説が当てはまるわけだ。固定資産については、ケースシラー住宅価格指数(2000年=100)を見ると、2006年のバブルピーク時に185をつけた後に下降を始め、2012年に134で底を打って反転上昇に向かい、2023年10月には313と2000年の3倍となっている。金融資産に加えて固定資産も大きく増加している。このように過剰貯蓄の取り崩しに加えて、デジタルエコノミーと資産効果が働く経済への構造変化がレジリアントな米国経済を産み出しているといえる。
(文=中島精也/福井県立大学客員教授)