ロシア軍侵攻後のウクライナに初めて入った日本人医師が語る、現地の悲惨な状況

ザポリージャ医科大学病院でMCP研修をする門馬氏(右)© 国境なき医師団/MSF
ザポリージャ医科大学病院でMCP研修をする門馬氏(右)© 国境なき医師団/MSF

 ロシア軍による侵攻後、初めてウクライナに入った日本人医師で、「国境なき医師団」(MSF)救命救急医・外傷外科医の門馬秀介氏が26日、日本記者クラブ(東京都千代田区)で会見し、戦災下の同国の医療環境などについて報告した。門馬氏はウクライナ全土で不安、パニック、睡眠障害の症例が増加していることを挙げ、「周辺国に避難した人々の中にも戦災で両親を失った子ども、息子や娘を失った親などが多くいて、メンタルヘルスの重要度が上がっている」と語り、日本を含めた欧米諸国のサポート強化を訴えた。

徒歩で国境を超えウクライナへ

 門馬氏は3月21日にウクライナに入国し、ロシア軍の重包囲下で都市全体の崩壊が進んでいるマリウポリ住民の避難ハブ都市となっているザポリージャ、その北部に位置するドネプロで活動をした後、4月3日にポーランドに出国した。

 門馬氏はまずトルコ・イスタンブールからポーランドに空路で入国後、同国東部のジェシュフを経て国境のメディカを徒歩で通過し、ウクライナに入ったという。ポーランドにいたウクライナからの避難者の多くは心のケアを必要としていたほか、多くの災害の被災者と同様に慢性疾患の治療によるニーズが高まっていたという。

 その後、同国西部のリヴィウなどを経て、ザポリージャ、ドネプロに到着した。門馬氏は「バリケードが東にいけばいくほど高度なものになっていった。スマホに空襲警報アラームのアプリを入れ、いつでも逃げられるような服を着て、靴下を履き、靴を枕元に置いて寝ていた」と振り返る。

 ザポリージャ医科大のトレーニングセンターやザポリージャ第9病院で、現地の医師や医療スタッフに対し、「MCP(マス・カジュアリティ・プラン)研修」を担当し、戦傷外傷患者の大量搬入に備えたトリアージ方法などを指導したという。門馬氏は「病院内でどのような導線をつくるのか。死亡する可能性の極めて高い“黒タグ”の人を、どのように対応するのか」などについて、トレーニングを行ったと語った。

 ウクライナ国内では戦傷者対応のために病院が再編されていて、一般診療が手薄な状態にあるといい、高齢者や障害者、慢性疾患のある患者などが取り残される環境にあるという。

 ロシア軍の重包囲下にあるマリウポリでは、MSFは初期には支援物資を送れていたものの、戦闘の激化に伴いアクセスできない状態になった。そのほかの戦闘地域でも「MSFの担当者がロシア側と交渉ができない状況で、直接外傷治療などの活動ができてない」(門馬氏)という。

ウクライナの人々「北方領土は大丈夫か」と日本を心配

 世界保健機関(WHO)の集計の今月24日までの集計では、同国内へ医療施設への攻撃は計164件、死者73人、負傷52人となっている。そうした被害を受けても、同国内の医療は「一定水準以上」(門馬氏)で、医師や看護師など医療スタッフの数、質ともに高かったという。

 また、ロシアによるクリミア併合以来、紛争状態が続いていた同国東部地方の医療従事者の士気は高く、門馬氏は「逃げる人はいなかった。自分たちの医療活動を自分たちで維持しようとしていた」と語り、戦闘地域外での直接治療介入は当面不要だが、戦闘による大量傷病者対応準備の必要性を強調した。

 門馬氏は「災害地域と同じで、そこに残っている医師がベストをつくせるようサポートをすることが非常に大切。現地の医師も3カ月は頑張れるが、疲れてくる。人員のシフトサポート、手術サポートが今後は大事になってくる」と語った。

 門馬氏は前述のトレーニングのほか、地上の医療施設が破壊された場合に、手術室を備えた「地下病院」の設置準備に従事したほか、ドニプロの避難所に赴き、マリウポリからの避難者の診療も行った。地下で7日間避難していた高齢の男性は、その間、靴を脱ぐことができずに足に潰瘍ができていたという。ウクライナの人々は、日本に関する知識も豊富で、「日本の北方領土は大丈夫なのか」などと心配されたという。