昨年秋に放送されたテレビアニメ『ブルーピリオド』(TBS系)。主人公が東京大学より難しいともいわれる東京藝術大学への合格を目指して奮闘する姿を描いたこの作品では、美術大学受験にスポットが当たっている。
美大といえば、受験方法やその対策が一般の大学とは異なることで知られているが、その就職事情に関しては謎が多いイメージではないだろうか。しかし、意外にも美大卒業生たちの就職率は高い水準にあるのだとか。“東京五美術大学”と呼ばれる大学群の一つ、多摩美術大学では、デザイン系学科の就職率の高さもさることながら、絵画学科(日本画専攻、油画専攻、版画専攻、)彫刻学科、工芸学科などのアート系学科の就職希望者を分母として割り出した就職率は、なんと9割以上だというのだ。
そこで今回は多摩美大が高い就職率を誇る理由やその背景について、同大の総合企画部長の宮下英一氏と阿部かおり氏に話を聞いた。
高い水準を誇る多摩美大の就職率だが、正確にはどのくらいの割合なのだろうか。
「公式に発表している就職率は、就職希望者を分母にした場合、例年アート系学生で90%を超えています。前年度はコロナ禍の影響もありデザイン系、アート系ともに80%台でしたが、それでも高い水準ではないでしょうか。この数字はこれまでほぼ変わりませんし、美大生の力は今後社会でより求められるようになると考えています。
ただ、本学としては、学生の考えを尊重したうえでキャリア支援を行っています。大学で学んだ高度な専門性や課題発見力を生かし、主体的な就職活動を行うことが結果的に高い就職率に結びついていると考えており、学生本人がこれまで本学で学んできたことを生かして就職したいというのであれば、その道に進めるようにサポートしますが、そうでなければ学生のアイデンティティをどこかの組織に無理やり預けてしまうなんてことはありません」(阿部氏)
「アート系学科とデザイン系学科というと、それぞれ就活のアプローチが異なるのでは? と思われる方も多いかもしれませんが、本学ではアート系学科とデザイン系学科で就職支援の内容を分けていません。社会は“世の中に価値を創出していくクリエイター”を求めていて、特にアート系、デザイン系と学科の区別をせずに採用するわけです。なので、むしろ本学では、学科やコースで区別するよりも学生の希望進路に合わせた個別支援を重視しています」(阿部氏)
では少し視点を変えて、美術を学んできた学生に共通している人材としての魅力は、どんなところなのだろうか。
「美術大学の学生はどんな学科であっても作品制作で培われる観察力、思考力、課題発見力とともに課題解決力が身についていきます。“作品をつくる”というと、技術や表現などの表面的なところが注目されがちですが、実際は手を動かす前の段階が非常に重要です。
作品制作の過程でこれまで自分になかった視点を持てるようになることで、社会に新たな価値を発信することが可能になります。ゼロからイチを生み出す力を持てるのです」(宮下氏)
その他にも、美術大学の学生たちは大学生活のなかで自然とビジネスの場でも役立つスキルを身につけているという。
「美術大学では期末の考査として作品を発表する講評会を行います。これは学生たちが作品をクラスメイトや教員の前で披露する会なのですが、このとき自分の作品をプレゼンテーションする必要があるんです。講評会では自分の作品の着想やコンセプト、教員からの問いに対する自分の主張や考えを言語で伝達できる能力もないと、SやAなどの高評価は得られません。アート系、デザイン系を問わず、学生たちは“表現したいもの、ことはなにか”と常に自分と向き合い、問いを立て、思考を尽くして手を動かすなかで自然と言葉で伝える力も磨かれていきます。