2点目に、キャンドゥにとってイオンの傘下に入ることは、より安定した、新しい店舗運営の基盤確保につながる。2020年11月期のキャンドゥの決算説明資料には、商業施設の閉鎖継続が事業運営上のマイナスの要素と記載された。イオンの運営するショッピングモールへの出店強化は、店舗の運営基盤の安定化につながるだろう。それに加えて、主として都心の主要駅近くに店舗を構えるキャンドゥにとって、郊外のショッピングモールへの出店は新しい店舗運営にもつながる。それは、コロナ禍でテレワークが増加した結果、自然環境豊かな郊外での生活を重視する人の増加という変化に対応するためにも重要だ。
3点目に、キャンドゥには海外事業を強化したいとの考えもあるだろう。2015年、モンゴルにキャンドゥは店舗を開き、2016年11月期には海外店舗数を30に増やそうとしていると報じられた。しかし、2020年11月末時点で、全店舗1,065のうち、海外店舗数は8にとどまっている。海外事業の運営は苦戦しているとの印象を持つ。中長期的な目線でキャンドゥの事業運営の展開を考えると、相対的に成長期待の高いアジア新興国などでの事業運営の強化は成長実現に重要だ。コスト増加への対応、出店基盤や海外事業戦略の強化などのためにキャンドゥはイオンによる買収に賛同したと考えられる。
今後の注目点はイオンの事業運営だ。今後、これまで以上のスピードで、イオンを取り巻く不確定要素は増えるだろう。国内経済は、少子高齢化などを背景に縮小均衡に向かう展開が想定される。また、海外では中国の不動産会社のデフォルトが増加して不動産市況が悪化し、景気減速は一段と鮮明化するリスクが高まっている。さらに、イオンは世界経済のデジタル化や脱炭素などにも対応しなければならない。
加速度的に変化する事業環境に対応するために、イオンにとって重要性の低下した資産を売却する一方で、先端分野や手薄なセグメントで買収や提携を行う重要性は増す。その中でイオンに求められることは、買収などによって取り込んだ社外の要素を活かして新しい需要を創出することだ。例えば、キャンドゥの商品開発力と自社の小売りビジネスを結合して、これまでにはなかった業態の日用雑貨品ブランドを開発する。それを、日本のブランドへの憧れが強いアジア新興国の需要獲得につなげるといった展開が想定される。
そのためには、イオンの経営陣が、買収した企業との協業を強化できるか否かが問われる。キャンドゥ株式に対する公開買付けの説明文書の中でイオンは数名の取締役を派遣する考えを示しつつ、買収後の事業運営体制はキャンドゥと協議する意向を示した。その記述の一つの解釈として、イオンは、社外から取り込んだ新しい発想などを活かし、新しい需要創出に取り組む体制を確立したいはずだ。
それが有言実行できるか否かが注目される。もし、イオンの経営陣が過去の事業運営の発想に固執し、自社の商品開発や組織運営の発想に従うように求めれば、買収によって得た組織を構成する人々の心理は不安定化し、モチベーションも低下するだろう。それでは組織全体での集中力を発揮して成長を目指すことは難しくなる恐れがある。
今後、国内外でイオンが買収をより重視する可能性は高まっている。そうした展開が想定される中、キャンドゥなどの買収、その後の組織統合を経てイオン全体で収益性が上昇するか否かは、買収によるシナジー効果を評価するための重要なポイントだ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。