水田の病害虫チェック、人間なら14万人必要→AI活用なら「年2万円」で実現?

1145万833時間÷8時間=14万3229人

 彼らを収容する施設を用意して法人税、社会保障費の法人負担分を払うなどのコストを含めて1人当たり年間約1000万円のコスト増とすれば、年間経費が1兆4323億円増大します。これに対して、10ヘクタールの水田を耕作して得られる年収は700~1000万円(ブランド米以外)です。 (引用終わり)

 売上の10万~20万倍の経費をかけて持続可能なビジネスなど存在しません。上記は、【経済的に事実上不可能】な事例として間違いないでしょう。同じパターン認識(画像認識)AIでも、前々回紹介の悪い応用例と違って、経済的に正しく活用できる見込みがあるわけです。毎秒30コマ撮影できる8Kカメラ(約3000万画素)を搭載したドローンに8K動画の1コマ1コマでちょうど、みっしりと稠密に10haの水田を撮影できるように飛行させるのに、画角(広角~望遠)や速度にもよりますが、1コマが1平米を撮影するとして、10haは10万平米、1時間は60分ですから、10万÷30÷60 = 55分33秒。

 これを約1時間として、1日10時間、週7日稼働させれば、10haの農家を毎週70軒、カバーできます。学習済のAIが判定処理をするのは、そこそこの性能のコンピュータで、文字通り1瞬(0.02秒以下)で終えられるので、計算機のコスト、電気代などは、AIクラウド管理の人件費に比べれば無視できるくらいのコストで収まります。

 すると、初期投資は別として、1人フルタイムで雇ったとしても、年間1400万円でAIクラウド運営者は十分に利益が出ます。同じAIをコピーして700軒分の水田を1人で監視すれば農家1軒当たり、年間2万円。これで、10~20年に一度の凶作を予防したり、収量をアップしたりができるなら格安ではないでしょうか?

おわりに

 AIには、人間みたいな振る舞いをさせたい、鉄腕アトムをつくりたいという夢を抱く人が多いのはわかります。その裏返しとしての恐怖心を抱く人も、最近は減ってはいるものの、一定数いるのは仕方ありません(是非本連載を最初から読んで「怖くない!」と思い直してください(笑))。しかし、AI=道具を本当にうまく使いこなしたいと考えるなら、上記のように算盤はじいて活用するのが産業応用で成功する秘訣だと思います。高性能化した計算機上のAIの超高速性、自動化率大幅向上がもたらすのは低コスト化です。従来、人間がやるのは経済的に不可能だった仕事が、実施可能になるわけです。

 どうせAIをやるなら、知能、学習などのキーワードに惑わされずに、超高速性、自動化率大幅向上がもたらす経済性に着目し、算盤勘定をしませんか? それこそが産業界をリードする経営者の使命ではないかと思います。

(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

●野村直之

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。

1962年生まれ。84年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。05年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピンオフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他