また、新型コロナウイルスの感染再拡大によって、世界経済全体で供給制約が深刻化している。原材料価格の上昇やリードタイムの長期化は設備投資を抑制する要因であり、米国経済では製造業の景況感が軟化し始めている。欧州経済では、ユーロ圏の景気持ち直しを支えてきたドイツの景況感が悪化している。いずれも、THKには逆風だ。
それに加えて、コロナ禍におけるテレワークのために需要が急増したパソコンの需給も幾分か落ち着き始めている。そのため、パソコン上でのデータの一時保存に使われるDRAM価格は下落している。韓国のサムスン電子やSKハイニックス、米国のマイクロン・テクノロジーなど大手DRAMメーカーの株価下落は、DRAMの需要拡大ペースが鈍化するとの懸念の裏返しだ。パソコンメーカーやDRAMメーカーが生産ラインの強化に取り組む喫緊の必要性は低下し、THKのLMガイド技術への需要は幾分か落ち込む可能性がある。
他方で最先端を中心にロジック半導体の不足は続いている。ロジック半導体不足の影響によってアップルは需要されるiPhoneを供給することが難しい。最先端の民生機器分野での生産体制の強化は喫緊の課題だ。総合的に考えると、最先端と汎用型の分野で需要の強弱感が分かれ始めた。その状況下、1~6月期の需要回復が鮮明だった分、中国経済の減速やパソコン需要鈍化の不安から、THKの事業運営の先行きを慎重に考える主要投資家が増えている。
その一方で、中長期的な展開を考えると、中国および東南アジア地域でのLMガイドへの需要は、短期的な調整を伴いつつも増加するだろう。最も重要なポイントは、THKのLMガイド技術が、中国の企業にとって内製化が困難なことだ。
2015年以降、中国は製造技術の高度化を目指して「中国製造2025」や「千人計画(海外からの科学技術分野でのトップ人材の獲得計画)」を進めている。また、中国共産党政権は、海外企業からの技術の強制移転を重視した。中国政府は、国内の工作機械メーカーなどに産業補助金や税制面での優遇措置も与え、技術開発と価格競争力の向上を支えている。
それにもかかわらず、THKは直動システムの世界トップシェアを維持し、中国からの需要は拡大している。つまり、比較的競争が少ない新しい分野(人工知能<AI>や量子コンピューティングなど)、および製造技術が確立されてコモディティー化が進みやすい分野(中低価格帯のスマートホンや5G通信基地、および汎用型の半導体)などの分野で、中国企業は国家総出で新しい取り組みを進めたり、海外企業の製品を分解して模倣したりすることによって競争力を高めている。しかし、そうしたモノを生み出す最先端の製造技術に関しては、習熟度が十分ではない。
THKの事業戦略の要諦は、ひたむきに直動システムの性能向上を目指すことだ。現在、同社はそうした考えを着実に実行していると評価できる。ファナックとの提携などにより、同社は生産現場のIoTへの対応を進めている。また、THKは直動システムの技術を免振や医療機器など、産業機器分野以外の、新しい分野への応用も目指している。つまり、THKは直動システム(LMガイド)というコアコンピタンスを基底にして、短期(工場のIoT)、中長期(免振などの新分野)の両面で競争力の向上を目指している。
このように考えると、中国経済の減速懸念の高まりなどにより世界経済全体で投資家や企業経営者のマインドに不安心理が広がりやすい環境は、THKがライバル企業との差をつけるチャンスだ。そのために、同社経営陣が事業運営の効率性を引き上げ、最先端分野に経営資源をより積極的に再配分することが求められる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。