つまり、H2Oは関西スーパーに友好的な買収を提案する“ホワイトナイト”である。2021年8月31日にH2Oが公表した関西スーパーとの経営統合契約などに関する公表文書では、統合後も関西スーパーの役員は現在の地位にとどまることが記されている。関西スーパーもH2Oとの経営統合を撤回する意向がないと表明している。関西スーパーの組織全体でオーケーによる買収への反発感や不安は強いといえる。
H2Oが株式交換による関西スーパーとの友好的な経営統合を目指す背景には、現在の百貨店業界を取り巻く事業環境の厳しさがある。新型コロナウイルスの発生によるインバウンド需要の消滅や百貨店への客足が遠のいた結果、2021年3月期の同社の百貨店事業は営業赤字に陥った。国内の感染再拡大によって動線が寸断された状況下、百貨店業界では富裕層の需要獲得を目指して外商ビジネスが強化されている。
ただし、インバウンド需要の回復には時間がかかる。2021年4月にH2Oは中国浙江省寧波市に寧波阪急を開業したが、共産党政権は貧富の格差の解消への姿勢を示すために「共同富裕」の考えを重視している。それによって、高級ブランドをはじめ高額消費への社会全体での忌避感は高まる恐れがある。
その一方で、2021年3月期、巣ごもり消費の増加に支えられてH2Oの食品スーパー事業は増益だった。それに加えて、スーパー業界ではイオンによる愛媛県を地盤とするフジの買収など、再編が進んでいる。業界再編が進むなかで関西地域におけるドミナント戦略を強化し、食品スーパー事業の収益力を強化するために、H2Oにとって関西スーパーとの経営統合の重要性は一段と増している。
今後の注目点として、以下の3点を指摘したい。1つ目として、当面の焦点は10月末に関西スーパーが開催する臨時株主総会だ。同社はH2Oグループとの経営統合案の是非を株主に問う。現時点で、H2Oは株式交換による経営統合を目指している。その一方でオーケーは一株2250円でのTOB(株式公開買い付け)を目指す。
関西スーパーとH2Oに求められることは、オーケーの事業戦略を上回る成長期待を株主などのステークホルダー=利害関係者に与え、賛同を獲得することだ。例えば、H2Oが関西スーパーと傘下の食品スーパーとの統合にとどまらず、IT先端企業との提携などによってネット通販を強化し生鮮食品の物流網を整備する。または、百貨店のノウハウを食品スーパーに応用して、百貨店や既存の食品スーパー事業とは別に、高価格帯の食品を取り扱う小売りブランドを確立して、ネットとの融合も目指す。このように、既存の業態からの転換を目指す成長戦略が提示されることは、利害関係者の支持獲得に欠かせない。
2つ目は、今回の争奪戦に大手総合商社の考えが影響しうる点だ。関西スーパーの主要株主には伊藤忠食品が入っている。伊藤忠食品の筆頭株主は伊藤忠商事だ。他方、オーケーの株主には、伊藤忠食品(保有比率5.3%)に加えて三菱食品(5.1%)と三菱商事(4.5%)が名を連ねる。臨時株主総会後の展開次第ではあるものの、仮に関西スーパーがH2Oと経営統合すれば、伊藤忠商事および伊藤忠食品のビジネスチャンスは拡大する可能性がある。それとは反対に、オーケーが関西スーパーを買収することが現実のものになれば、三菱商事の食品関連事業には追風だろう。総合商社の意向も、臨時株主総会およびその後の展開に影響を与える可能性がある。
3つ目が、企業の成長と株式の上場の関係への関心の上昇だ。オーケーは種類株式を発行しているが、上場はしていない。そのため、上場企業である関西スーパーに比べ、オーケーはスピーディーに大胆な意思決定を行いやすい。それは、オーケーの成長を支える重要な要素だ。関西スーパーをめぐるH2Oとオーケーの争奪戦がどういった展開になるか、目が離せない。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。