しかし「ITと金融がそのメカニズムを変えてしまったのではないか?」というのが、現在指摘されている新しい資本主義の欠陥です。今、世界の新しい富の半分はIT企業の経営者たちが得ています。そのIT企業は生み出す雇用が少ないことで利益を上げやすいというこれまでの歴史になかった特徴をもっています。一方で金融機関では高給が約束されているうえに、リーマンショックのような問題が起きた際にも政府が救ってくれるという優遇がまかりとおっています。
雇用に関しては、もちろんアマゾン・ドット・コムのように大量の雇用を生み出しているIT企業もありますが、その場合はITの力で「給与の高くない雇用ばかりを生んでいる」という別の批判が浮上します。
繊維産業も自動車産業も化学産業も製鉄業も、これまで資本主義が生んできた巨大産業はすべて、大量のフルタイムの雇用を生んできました。そして、そのフルタイムの雇用にありついた労働者はそれなりに豊かな生活を維持できた。この前提が2000年代以降は機能しなくなってきたことが深刻な問題です。ここをどうリセットするかが、ダボス会議の2つめの見どころです。
ここは実は経済学的には良い解決策がない領域です。シンプルに考えると最低賃金を上げるというのが正解に思えますが、それは経済学者の多くが「やるべきではない」と考える政策です。別の言い方をすれば、資本主義的にはそれをやるべきではない、しかし共産主義ならそれはありだという政策ですから、そこに踏み出すとしたら、まさに資本主義をリセットするという話なのです。
さて、3番目の論点として問題提起すべきは、民主主義のリセットです。アメリカ合衆国の大統領選挙では最後の最後までドナルド・トランプ大統領が「選挙に不正があった」と主張して選挙結果に抵抗しました。アメリカのマスメディアの論調は、そのトランプ大統領の姿勢を批判していましたが、実は多くのアメリカ人がアメリカの選挙制度が機能していないことを指摘しています。
最大の問題は有権者の声が政治家に届かないことです。なぜならアメリカの議員たちはロビイストからの献金で選挙戦を戦っているために、特定産業からの働きかけを断ることができないのです。
ですから有権者がNOを訴えている政策のほとんどが、大企業の意向どおりに決まってしまいます。民衆の代表である議員が選挙に勝つためには献金が必要で、献金を受けると有権者が望む政策を支持できないというのは、パラドックスであると同時に民主主義の欠陥に他なりません。
そして、この3番目の問題は、アメリカだけではなく日本を含めた世界中の民主主義国家が多かれ少なかれ直面している問題でもあります。民主主義に問題があるとわかっていても、それをより良い方向に変えられた国はまだどこにもない。お手本がないうえに、大企業や特定産業などの利害関係者にとってはリセットせずにこのままのほうがいいという問題でもあります。
こうして並べてみると、グレート・リセットは簡単にはリセットできない問題ばかりを扱うテーマだということがわかります。逆に言えば、世界最高の権力の座についた人間や、世界の富のかなりの部分を動かせるところまできた富豪だからこそ、そこから多少マイナスな状況になったとしても、世界がそれで良くなるのであれば受け入れられるというテーマなのでしょう。
そう考えると世界のあらゆる機関の中でグレート・リセットを議論できる唯一の組織がダボス会議だということこそ、真実なのかもしれません。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)
●鈴木貴博(すずき・たかひろ)
事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『ぼくらの戦略思考研究部』(朝日新聞出版)、『戦略思考トレーニング 経済クイズ王』(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。