経営学では、「適度な緊張感が仕事に役立つ」とされてきた面があります(ヤーキーズ・ドットソンの法則:適度な緊張状態にある人が最適なパフォーマンスを発揮できる)。しかし、パワハラは別です。叱責を受けた人は、事務処理能力や創造力が約60%低下します。
高圧的な態度で相手を動かすことは、時には可能かもしれません。でも、不快感を覚えた相手は“リスク愛好性”が高まり、「どうにでもなれ!」といった言動になりやすいことがハーバード大学の研究で明らかになっています。
つまり、上司は部下のためを思って説教していると思っていても、相手が高圧的な態度に不快感があった場合、本人のためにも組織のためにもなっていないのです。
以前、ある組織で「どんな人がハラスメントで訴えられているのか?」を調査したところ、「ミスを隠す」「昔語りをする」などのような、いかにも嫌われそうな上司の言動があっても、最も訴えられていたのは「説教が長い人」でした。
指導した上司の側は、時間をかけてじっくりと丁寧に指導したと思っていたのに、された側は、「これは指導の域を超えている、嫌がらせだ」と感じてしまったようです。上司の方はよかれと思ってやっていたことですから、もったいないことですよね。この結果を受け、私は次のようなナッジを設計しました。
この場合、時間の長さが相手の不快感を決めているわけですから、思い切って時間を短くするのがコツです。そこで、どんな内容であれ、「指導は2分以内」という簡素化ナッジに基づいたルールを作ったところ、パワハラの訴えがほぼなくなりました。
この2分間ルールを社内全員で共有しておくことで、「指導する人」「指導を受ける人」「周りの人」の三者それぞれにメリットがあることが挙げられます。
・指導する側のメリット
2分で確実に修正・変更してほしいことを伝えるには、「一貫したメッセージ」であることが求められます。そのためには「最初」と「最後」に伝えたいメッセージをしっかり込めることが重要になります。
これを具体的にしたフレームワークが「PREP法」です。
・Point…伝えたいこと
・Reason…それが大切な理由
・Example…具体例
・Point…伝えたいこと
――というように、PREPの各要素に30秒ずつ時間配分すると、120秒=ちょうど2分になります。
また、上記のように2分でクリアに伝えるには、指導すべき内容を書き出して、整理しておく必要があります。第一声はどんな言葉を選ぶのか、終わりの言葉は何にするのか、と入念な準備をしてのぞむことで、相手に伝わりやすくなります。逆に感情的になって怒りをぶつけてしまうと、それだけで2分間は過ぎてしまいます。
部下を指導する目的は「正しい行動へ動かすこと」です。事前に準備をしないと、指導の中に「自分の怒りをぶつける」や「相手を懲らしめる」といったノイズを入れたくなります。