この条件のどちらが欠けても、研究者たちはサンドウィッチを自分の机の上で食べて、互いに話すことがないだろうというのだった。
彼の見解の正しさはある明確な統計によって確認された。最新のデータによれば、この研究所は27人のノーベル賞受賞者を輩出している。
言い換えれば、イギリス医学研究局の分子生物学研究所は大学ほどの研究者を抱えていないにもかかわらず、ノーベル賞受賞者の数において世界でトップ25の大学と肩を並べているのだ。
そのレストランでの幸運な出会いがあったために、非常に効果の高い新型コロナウイルス感染症のワクチンが、それまでのmRNA研究のおかげであれほどのスピードで開発されたのだ。
ワクチンの一種を共同で開発したカタリン・カリコとドリュー・ワイスマン〔訳注 両者は2023年のノーベル生理学・医学賞を受賞した〕は、職場のコピー機の順番を待っていてたまたま出会ったという。
共有空間で起きる何気ない会話の重要性は、ハーバード大学医学部の研究シンポジウムで参加者を対象に行われた実験によって証明された。
実験の開始直後、研究者たちは異なる部屋に無作為に分けられ、他の参加者と90分の非構造化ブレインストーミング〔訳注 制約や規則のないブレインストーミング〕に参加するよう求められた。
実験の前に研究者どうしが協力する確率は低かったが、同じ部屋でこれほど短い時間を一緒に過ごしただけで、偶然出会った2人がのちに共同研究の補助金申請を提出する確率が70%近く増えた。共有空間は生産性の高い空間なのだ。
この予期せぬ幸運は、イノベーションの混沌とした社会的側面から生まれる。ふとしたきっかけで始まった会話が議論や協力関係に発展し、大きな問題を解決することがあるのだ。
ランチを食べながらくつろいだ会話をしていて、飛躍的なアイデアにつながる千載一遇のチャンスが訪れるかもしれない。一般に、イノベーションとは1人の天才による孤独な活動の成果だと考えられがちだ。
だが、科学や工学における歴史上の偉大で画期的な発見の多くは、象牙の塔にこもって熱心に働く一個人によって成し遂げられたわけではなく、別分野の誰かによる偶然の洞察から生まれたものだ。
一例として近代原子論がよく知られる。会計というおよそ化学に縁のない分野に携わっていたアントワーヌ・ラボアジエが、化学界の誰も気づかなかったある事実に気づいた。
当時の燃焼理論〔訳注 フロギストン説を指す〕では反応の前後で帳尻が合わないのだ。何かが足りなかった。それに気づいたことが酸素の発見へとつながり、のちに近代原子論につながった。
飛躍的なアイデアにつながる会話を誰かに無理強いすることはできない。それは自然に生じるものだ。ただし、そのような会話が生じるように工夫することはできる。
つまりリーダーは、自社の「クリック」が「ワトソン」〔訳注 クリックとワトソンはDNAの分子構造の共同発見者〕を探し当てられる空間を提供し、2人で彼らのDNAモデルを発見できるように仕向けるべきなのだ。
博学者にして画家のレオナルド・ダ・ヴィンチにかんする世界的権威のマーティン・ケンプ教授は、次のように述べた。「知識を別々のサイロに貯蔵したら、その知識によって成せることには限りがある」。
イアン・ゴールディンとクリス・クターナが著書『新たなルネサンス時代をどう生きるか――開花する天才と増大する危険』で同様の指摘をしている。
「天才になるには、自分がどのような環境を選ぶかがますます大切になる。理由は2つある。技巧と集中である」。
どのような空間を選ぶかによって、未来をつくるために必要となる人に出会えるかどうかが決まるのだ。
(翻訳:鍛原多惠子)