心の理論とは、「ある状況に置かれた他者の行動を見て、その考えを推測し、解釈する(推論する)」という心の動きです。
例えば2歳の子どもが、テレビを見ていると想像してみてください。親は、そのテレビ画面が見えない場所にいるとします。その場合、親は当然、そのテレビにその瞬間に何が映っているかはわかりません。
しかし、幼い子どもは、実はそのことを理解できません。自分に見えているのだから、他の人にも見えていると思い込んでしまう。「他人の視点」を想像することができないのです。
これは誰もが通る道で、「他人の視点」がわかるようになるのはだいたい4歳くらい以降だといわれています。つまり、他者の視点や心の動きを推論するというのは、認知的な思考の中でも最も難しく高度なことだといえるのです。
この高度な認知的な思考を、目の前にいない人──例えば取引先や顧客にまで働かせること。これが、ビジネスにおいて「相手の立場で考える」ということです。
つまり、相手の立場で考えるのが苦手、という人は、この認知的な思考が苦手なためなのかもしれません。
ビジネスにおいては、例えば「報告」ひとつとっても、「相手の立場で考える」ことができているかどうかで、その方法も、内容も変わってきます。ここでは、大企業で働く20代後半のKさんの例で見てみましょう。
Kさんは、新卒としてその会社に入社して以来、「ホウレンソウ」の重要性を繰り返し教えられてきました。そこで、その部署に配属されて以来5年以上にわたって、何かを進める際には事前に直属の上司に当たるA部長に時間を取ってもらい、「こちらの確認をお願いします」と書類を渡して、これから進める仕事について、説明するようにしていたそうです。
その日も同様に、A部長に時間を取ってもらい、ひと通りの説明をしました。すると、A部長から返ってきたのは意外な言葉だったといいます。
「Kさんは、自分がラクになりたくて私に説明しているの?」
Kさんは確かに、「仕事にはホウレンソウが重要」「A部長も、進行を把握しておきたいはず」と考えていました。しかし、部長からの意外な言葉によって、心の奥底にある違う感情に気づかされたといいます。それは「責任を回避したい」という気持ちです。
つまり、A部長に報告をしておくことで、何か問題が起こったときに、「A部長がOKと言ったから」と言える逃げ道をつくっておいたということ。この逃げの姿勢を、A部長に見透かされてしまったわけです。
相手の立場を考えなければ、どれだけホウレンソウをしても、それは結局、自分のため、もっと言えば保身のためのものになってしまいます。
では、Kさんは、ホウレンソウをどのように行えばよかったのでしょうか。
最悪の選択肢は、「ならば勝手に進めてしまって、あとで報告すれば大丈夫だろう」と安易に判断して、独断で進めてしまうパターンです。何については確認が必要で、何については自分の責任で進めていいのかという判断は、部下の立場で行えるものではありません。