少し前のイギリスの人気TV番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」で、お笑い芸人の「とにかく明るい安村」さんがネタを披露した際、大ウケするという”事件”がありました。
披露されたネタは例の「安心してください、履いてますよ」という彼の鉄板ネタだったのですが、どうしてこのネタがウケたのか、実はその背景には英語と日本語の違いが関係するので、今回はちょっとそのことについて解説してみたいと思います。
この番組で安村さんが披露した芸は、彼が極小サイズのパンツを履いていろいろなポーズを取った瞬間に「安心してください、履いてますよ」と言う、おなじみのものです。ただし、イギリスの番組ですからこのフレーズを英語でこういいました。「Don’t worry, I’m wearing!」。完全な直訳ですね。
ところが、ここで奇跡がおきます。「Don’t worry, I’m wearing!」という安村さんのセリフが日本語の直訳とは知らない審査員は、その先を補うように自分たちが呼びかけられていると思い、「Pants!」と返したのです。「Don’t worry, I’m wearing…」「Pants!」という形になり、ロックスターがアリーナに呼びかけるコールアンドレスポンスのように審査員席は大盛り上がりとなりました。
もうお気づきだと思いますが、安村さんが言った英語は不完全なセンテンスです。
正しくは「I’m wearing pants」(私はパンツを履いてます)と言うべきです。ただし、このケースでは省略されている目的語が「pants」であることは、安村さんがステージ上でパンツを指差してポーズを取ることから明らかです。それどころか、この不完全なセンテンスは意図されたもので、ポーズで間を作って聴衆にリアクションを促している、というように解釈されたのです。
もしも、これをすべて計算の上でやっていたとすれば安村さんの才能に脱帽するしかありませんが、私は日本語と英語の違いが偶然面白く作用したと思っています。ここでちょっと英文法をおさらいしてみましょう。
英語の基本となる構文は「主語ー動詞ー形容詞、目的語」(S.V.C、S.V.Oというやつですね)です。今回のケースでは「I wear pants」です。英語の場合、ギャグのオチとなる形容詞や目的語が最後にくるため、今回のように最後の一言でドカンと笑いを取るのに適しています。例えば、
Mr. President, you are stupid guy…sorry it’s a joke! Truth is you are “very stupid”.
(社長、あなたって間抜けですね。すみません冗談です。本当は、あなたはとんでもない間抜けです)
このように、最後の最後までオチを悟られずに会話を進めることができます。なお、この例文の場合、社長に失礼なことを言って謝るのかと思ったら、もっと失礼なことを言った、というジョークです。アメリカのコメディアンは権威のある人をこうした辛口なジョークでからかうことが多いのですが、これは安易に真似しないほうがいいでしょう。
一方で、日本文化は「ハイコンテクストな文化」と言われています。「言わずもがな」という言葉があるように、話の前後の関係、あるいは話者と聞き手の関係から、主語や目的語を完全に言わずとも通じる場合には積極的に省略します。
例えば、
「(私は)昨日大阪に行ってきたんだけど」
「(大阪には食事が)美味しいお店があったんだよ」
「今度(僕と君で大阪に)行かない?」
こんな感じで、文脈上明確な事柄は省略されます。