――年金保険料の納付期間を40年から45年に延長する議論を進めるというニュースが先日報じられました。支給額の減少など年金制度への不安は尽きません。
坂本:老後を年金のみに頼って生活するのは難しくなっていくでしょう。定年(60~65歳)といわれる年齢を過ぎても、男女ともに働いて収入を補填することが当たり前になってきます。
年収分布の中央値を見ると、50代半ばに400万円に達した後、65歳以降は180万円以下に減ります(下図)。
収入の大幅ダウンとなると、現役時に高い地位にいて活躍されていた人ほどプライドが邪魔してギャップに戸惑うという話を聞くことがあります。しかし、多くの方は時間をかけて受け入れます。むしろ現役時より定年後の仕事はストレスが少ないという厚生労働省の調査があります(下図)。ここでは60歳以上の65.1%が「仕事における強いストレスはない」と答えています。
同調査によれば、仕事に関するストレスの原因として主なものは、仕事の量や質、仕事の責任、対人関係などとなっています。一方で、収入が減ることによるストレスは挙げられていません。
シニア世代は現役世代と比較して、仕事の量や質、責任が少なく、難しい人間関係も発生しづらくなります。これらのことによりストレスなく働くことができるのです。
――2019年に「老後2000万円問題」が話題になったこともありました。ストレスなく働けたとしても、お金は足りるのでしょうか。
坂本:総務省の家計調査によると、2人以上世帯の一月当たりの平均支出額のピークは50代前半の月57.9万円となります。この時期は、家族の食費に教育費、住宅費、税・社会保険料などにお金がかかります。
しかし、50代後半から60代前半にかけて、子どもの教育費が不要になったり、住宅ローンを払い終えたりして、定年を境に大きく支出額が減ります。以降も支出は減少を続け、70代前半時点で29.9万円まで出費は少なくなります。
その結果、家計の収支の差額は70代前半で月マイナス5.0万円程度で、以降もマイナス幅は縮小していきます(下図)。つまり定年後は月10万円程度稼げば十分やっていけるのです。
――FIRE(経済的自立による早期退職)への憧れなど、一部では働き続けることを忌避する傾向があります。
坂本:現役時に将来の仕事をイメージすると、どうしてもその延長線上で考えてしまいます。しかし先ほど述べたように、定年後の仕事は収入こそ下がりますがストレスは減ります。
また見落とされがちですが、非正規労働者の労働環境は改善傾向にあります。少子高齢化を背景とした人手不足により時給が上昇し、若い人しか受け入れられなかった職種でも高齢者が受け入れられるようになっていくでしょう。
年金は支給開始が後ろ倒しになったり、受給額は減っていく可能性があります。一方で、高齢者が働きやすい状況となり、しかも現役時のような大きなストレスはなく、生活していく分には十分な収入を得られます。
日本社会は自然にそういった方向に進んでいくと考えられます。さらに政策面でも最低賃金の引き上げ、ブラック企業の退出などをうながし、積極的に環境を整えていく必要もあるでしょう。