英国教授が「世界の停滞は良いこと」と言う深い訳

世界は「減速」を始めています。減速することが喜ばしい理由とは? (写真:のり/PIXTA)
ビジネスではドッグイヤーという言葉が頻繁に使われ、書店にも「加速」の文字が入ったタイトルの書籍が並ぶ。現代は加速社会であり、その速度はこれからも上がり続ける。そう信じてしまうのも無理はない。しかし実は世界はすでに「減速」を始めていると主張するのが、オックスフォード大学の気鋭の地理学者、ダニー・ドーリングだ。さらに同氏は、世界が減速することは、むしろ喜ばしいことであると指摘する。なぜなのか。先日翻訳出版された『Slowdown 減速する素晴らしき世界』から、その主旨を紹介する。

すべてがスローダウンを始めている

過去160年の間に、世界の人口は2倍になり、そしてまた2倍になり、さらにほぼ2倍になっている。人口がわずか数世代のうちにこれほど急増したことは、過去に1度もない。これから先もないだろう。

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そしていま、世界人口の増加ペースはスローダウンしている。

人口の増加は1960年代後半に劇的にスローダウンし始めた(人類が初めて月面を歩いたのと同じ時期だというのは皮肉である)。人口が加速を続けているところは、もうどこにもない。人口の増加率は世界規模で減速しており、それどころかヨーロッパの大部分、極東、さらに南北アメリカの大半では人口が減少している。

1世紀後には、1家族当たりの子どもの平均人数は2人を割り込むだろう。1世紀のうちに地球上の総人口はゆっくりと収縮していき、それが新しい世界標準になる。人口の高齢化はこの先何十年も続くことになるが、人間の平均寿命の延びがスローダウンするので、近い将来、高齢化の速さそのものも緩やかになる。世界最高齢者の年齢はここ20年の間、上昇していない。

今日生まれた子どもは、生きている間に世界人口が収縮していくのをその目で見ることになるだろう。

スローダウンしているのは人口が増加する速さだけではない。生活のほとんどすべての側面がスローダウンしている(「スローダウン」という言葉が使われだしたのは1890年代で、物事がゆっくり進むようになることを意味している)。

いま進んでいるスローダウンは、あらゆることが加速していくという前提に大きな疑問を投げかけるものであり、私たちは未知の領域に足を踏み入れている。

いまのものの見方や考え方は、将来も技術変革は急速に進む、経済成長は永遠に続くということが大前提になっている。経済でも、政治でも、それ以外のことでもそうだ。スローダウンが進んでいる現実と向き合うには、変革やイノベーション、発見は大きな恩恵をもたらすとする考え方を根本から変える必要がある。

技術革命が絶えず生まれると期待するのはやめるべきなのだが、それを受け入れられるようになるのだろうか。そうならない可能性があるとしたら、それ自体が恐ろしいことである。

大加速時代の終焉

いま、あなたは猛スピードで走る列車の中で暮らしていて、そこに突然ブレーキがかかったような感じがしたと想像してみよう。次に何が起きるのか、きっと心配になるだろう。

今度は、あなただけでなく、あなたが知っているすべての人、そしてその親、祖父母、孫、ひ孫まで、思い出せるかぎりの人たちが全員、その同じ高速列車に乗って暮らしていて、列車はほとんどずっと加速し続けていると想像してみてほしい。あなたにとっては、猛スピードで疾走している状態が当たり前で居心地がいいが、これからスローダウンを肌で感じ始めることになる。これまでに経験したことのない、恐怖を覚える感覚だ。