現在は空前のねこブームともいわれています。テレビをつければ、たくさんのCMにねこが出演し、ねこをテーマにしたテレビ番組が毎週のように放映されています。書店に行ってみると、毎月のように新刊のねこ写真集やねこ本が発行され、「ねこコーナー」に平積みにされています。少し前までは、大都市にしかなかったねこカフェも、最近では地方都市でも普通に見かけるようになりました。
また、各地のデパートでは、写真家の岩合光昭さんの作品をはじめとする、ねこの写真展が女性客を中心に大変なにぎわいをみせています。ここ数年は、美術館や博物館の業界でも、ねこの絵画や浮世絵を中心に展示するいわゆる「ねこ展」が各地で企画され、どこでも大ヒットし、これまでの入館者数記録を更新する館もあるほどです。
個人的にも、ねこブームの到来を感じることがあります。それは、わたしのノラねこの研究に対する、一般の方々からの反応の変化です。
20年ほど前は、ノラねこを研究しているなどと人前で話そうものなら、変人扱いをされたものでした。よほどねこが好きな変わり者か、ヒマを持て余した気楽な大学院生とでも思われていたようでした。
なかには、「そんなことをして、何か人の役にでも立つの?」と少し皮肉っぽくいう人もいました。ノラねこは、シカやクマ、キツネといった野生動物ではありませんし、かといって牛や豚、羊などの典型的な家畜とも少し違います。どちらにも属さない、中途半端な動物と思われてしまえばそれまでで、ノラねこの研究が一般の人から受け入れられなくても、それは仕方がないことと諦めておりました。
しかし、この10年ほどの間に、少しずつ潮の流れが変わってきたように思います。わたしのノラねこの研究内容や、その成果について、新聞社やテレビ局、出版社などからの問い合わせが次第に増えてきました。また、ノラねこを研究することに対しても、「あら、楽しそう!」とか「わたしもやってみたい!」などと、反応も随分と好意的なものへと変わってきています。これも、最近のねこブームのおかげなのでしょう。
しかし、社会現象にまでなっている現在のねこブームは、何もいまに始まったことではないようです。少なくとも江戸時代には、今をはるかに凌ぐような、「大きなねこブーム」があったようです。
かつては貴族や高貴な人たちの愛玩動物であったねこは、時代が進むにつれてネズミを退治してくれる有益な動物として、次第に庶民にも広まりました。そして、江戸時代になると、浮世絵のなかの風景の1つとして、ねこが描かれるようになります。
このことから、この頃にはすでに庶民の生活のなかに、ねこは普通に溶け込んでいたことがわかります。江戸時代も後期に入ると、それまで風景の1つであったねこが、浮世絵の主役に躍り出ます。とくに歌川国芳などは、まさに「ねこづくし」ともいえるような浮世絵を、いくつも世に出しています。
例えば、東海道五十三次の各宿場名を、描かれたねこのしぐさで語呂合わせした『猫飼好五十三疋』をはじめ、ねこに着物を着せて擬人化し、さまざまなポーズをとらせてみたり、ねこの体を使って「なまず」や「かつを(お)」「た古(こ)」などの文字をつくってみたりと、自由な発想と遊び心があふれる浮世絵を発表しています。