高度成長期以前は臨時工の存在が大きな社会問題でしたが、高度成長期の人手不足によってその大部分が正社員化し、代わって非正規労働者の主力は、主に家事を行っている主婦パートタイマーや、主に通学している学生アルバイトとなりました。
彼ら彼女らは企業へのメンバーシップよりも、主婦や学生といったアイデンティティのほうが重要だったので、前述のような正社員との格差は大きな問題とはなりませんでした。
このアルバイト就労が、学校卒業後の時期にはみ出していったのがフリーターです。バブル経済崩壊後、1990年代半ば以降の不況の中で、企業は新卒採用を急激に絞り込み、多くの若者が就職できないままフリーターとして労働市場にさまよい出るという事態が進行しました。フリーター化は、彼ら彼女らにとってはほかに選択肢のないやむをえない進路でした。
一方、家計補助的主婦労働力として特段社会問題視されなかったパートタイマーについても、家事育児責任を主に負っている女性が家庭と両立できる働き方としてパートタイムを選択せざるをえないにもかかわらず、そのことを理由として差別的な扱いを受けることが社会的公正に反するのではないかとの観点から、労働問題として意識されるようになりました。
高度成長期でも、正社員の夫を持たないがゆえに、自分と子どもたちの生活を支えるために働かねばならず、しかも子どもの世話をするために正社員としての働き方が難しいシングルマザーたちがいました。
しかし彼女らは特殊例とみなされ、格差や貧困の問題が非正規労働を論ずる際の中心的論点になることはほとんどありませんでした。2000年代半ばを過ぎて、ようやく格差社会という形でこれらの問題が正面から論じられるようになったのです。
以上述べてきたシステムは、大企業分野において最も典型的に発達したモデルです。日本社会は、大企業と中小企業、とりわけ零細企業の間にさまざまな面で大きな格差のある社会ですが、雇用システムの在り方についても企業規模に対応して連続的な違いが存在します。
それをよく示すのが、企業規模別の勤続年数と年齢による賃金カーブ、そして労働組合組織率です。
企業規模が小さくなればなるほど、勤続年数は短くなり、賃金カーブは平べったくなり、労働組合は存在しなくなります。つまり、大企業から、中堅、中小、零細と、規模が小さくなるほど、日本型雇用システムの本質としてのメンバーシップ性が希薄になっていきます。
企業規模が小さければ小さいほど、企業の中に用意される職務の数は少なくなりますし、職場も1カ所だけということが普通になります。そうすると、いかに雇用契約で限定していなくても、実際には職務や勤務場所は限定されることになります。
また、中小企業ほど景気変動による影響を強く受けやすいですし、その場合、雇用を維持する能力も弱いですから、失業することもそれほど例外的な現象ではなく、そのため地域的な外部労働市場がそれなりに存在感を持っています。
その意味では、企業規模が小さくなればなるほど、正社員といっても非正規労働者とあまり変わらなくなるのです。
名ばかり正社員という言葉がありますが、もともと零細企業の正社員は大企業の正社員と比べれば名ばかりであったのです。
しかし、このようなあり方をジョブ型と表現するのは正確ではありません。むしろ、中小企業ほど労働者の職務範囲は不明確で、社長の一言でいくらでも変わることがありますし、賃金基準も曖昧です。労働時間に関しては下請企業として親会社の都合に合わせなければならないこともあり、むしろ長時間労働が強いられがちです。
総じて、大企業型の安定したメンバーシップとは異なりますが、ある種の濃厚な人間関係によって組織が動くことが多いのです。