いつも呼吸が浅く速く、「吸う」ほうが多いため、無自覚のうちに「しっかり息を吐く」ということがおざなりになっています。つまり、現代社会に生きる私たちのライフスタイルでは、知らず知らずのうちに、副交感神経が優位になるチャンスが少なくなっているのです。
物事の移り変わりが非常に速く、ますます競争が激しくなっているのが現代です。よく「息をつく間もないほど忙しい」なんて言いますが、まさにそのとおりですね。ともすれば息を吸うばかりで、ハーッと息を吐いて落ち着くチャンスが少ない。息を吸うと交感神経が優位になって心拍が上がるので、「息をつく間もないほど忙しい」というのは、「心拍が落ち着く間がない」ということでもあります。
無意識の呼吸だけでは、副交感神経が優位になりづらい。そんな私たちには、「意識の力」が必要です。体にいいことを、意識して習慣化するということです。ですから、副交感神経を優位にするチャンスを増やす「腹圧呼吸」を、ぜひ今後の新習慣としてください。
現代人はつねに緊張を強いられる状態であり、交感神経が優位になりっぱなし。自律神経がバランスよく働くことが重要とはいえ、ストレスまみれの現代人の実情に鑑みれば、やはり副交感神経を優位にするような対策が必要でしょう。
そこでぜひ知っておいていただきたいのが、「迷走神経」です。おそらく多くの人にとって聞き慣れない言葉だと思いますが、この迷走神経こそが現代人の健康のカギを握っているといっても過言ではありません。
迷走神経は、脳の「延髄」というところから始まり、目元、耳元、首元を通ってすべての内臓に枝分かれしている神経です。脳からの指令を内臓に伝え、内臓の状態を脳に伝えるという具合に、脳と内臓の双方向的なコミュニケーションを司っています。
リラックス状態をつくる副交感神経は、実は迷走神経の支配下にあります。迷走神経が活性化されると、副交感神経が優位になり、生活に落ち着きと静けさがもたらされるということです。
迷走神経は英語で「ベガス・ナーブ(Vagus nerve)」、そこから転じて、迷走神経の活性度を「ベーガル・トーン(Vagal tone)」といいます。迷走神経は、いわば副交感神経の「元締め」のようなもの。その迷走神経の活性度を上げること、つまりベーガル・トーンを上げることが、副交感神経を優位にする有効な戦略になるというわけです。
交感神経が心身を緊張・興奮状態にする「アクセル役」だとしたら、迷走神経は心身を緩和・鎮静状態にする「ブレーキ役」といってもいいでしょう。迷走神経が活性化すると、相対的に交感神経の活性が落ち、血管の拡張、血圧の低下、心拍の鎮静化、ストレス反応や炎症反応の緩和、痛みの軽減、睡眠の質の向上、消化・吸収の改善、免疫力アップなどが起こります。
放っておくと交感神経優位に傾きがちな現代人が、なぜ迷走神経の活性度を意識的に高めたほうがいいのか、おわかりいただけたのではないかと思います。
迷走神経は副交感神経を支配しているため、迷走神経の活性度も「心拍変動」から窺い知ることができます。心拍変動の数値が自分のベースラインを下回ったら、交感神経が優位になりすぎているサイン。と同時に、迷走神経の活性度が低く、副交感神経があまり働いていないサインとも見なせるというわけです。
そして、このベーガル・トーンを上げる方法の筆頭が、「呼吸」なのです。呼吸は自律神経と強く関連しているため、べーガル・トーンを上げるような呼吸法を取り入れることで、副交感神経がきちんと働く体にしていけるのです。
ここまで、呼吸法に関する基礎知識を入れていただいたところで、スタンフォード大学で用いられ、べーガル・トーンを効果的に上げる「腹圧呼吸」の実践法を見ていきましょう。必ず意識したいのは、「お腹をふくらませたまま(腹圧をかけたまま)息を吐くこと」。次の2点の要領で行ないます。