感染症対策に携わる医師は、「個々人が半径2メートル以内の感染対策、すなわちマスク着用によって飛沫を浴びない、こまめな手洗い、換気をきっちり行うことの効果はとても高い。本来はそれさえできれば、人の移動を制限することは必要ない」と話す。
さらに、「子どもの感染が問題になっているが、10代以下の子どもは新型コロナで1人も死んでいない。しかし、季節性のインフルエンザでは乳幼児や10代以下の子どもたちが死ぬ。2019年にも65人が亡くなっている。子どもにとっては明らかに季節性インフルエンザのほうが怖い」という。
新型コロナの被害状況、人口比で見た感染者数、重症者数、死者数がかねて欧米よりも大幅に少ないのは周知のとおりだ。これは今も変わらない。一方、日本の人口当たり病床数はOECD(経済協力開発機構)諸国中で最多、医師数はやや少ないがアメリカとほぼ同程度だ。病床の総数は130万床、医師数は32万人である。(参考記事「起こるはずのない「医療崩壊」日本で起きる真因」「コロナ「医療逼迫」に「国民が我慢せよ」は筋違い」)
ところが、足元で入院加療を要する患者が21万人、重症者は2000人にも満たない状況で、医療崩壊が起きるのは、新型コロナに対応できる病床数が少なく、診療に携わる医師が極端に少ないからだ。8月18日時点の報告で、新型コロナ向けにすぐに対応できる病床数として確保されているのは3万6314床、重症者用では5176床にすぎず、宿泊療養施設が3万8577室だ。日本の特徴は病院の81%が民間であり、また病床を持たない診療所も新型コロナ診療に携わっていないところが多い。
対してEU(欧州連合)諸国では公的病院が66%である。そのうえで、すでに昨年から欧米先進国では新型コロナ患者の多くは自宅で療養し、外来診療・往診で治療を受け、悪化・重症化の兆しが出たら入院する形だ。日本で自宅療養が問題なのは、医師が診療せず不安なまま放置され、悪化したときには手遅れという状態になるからだ。多くが軽症で治るのだから外来診療や往診ができれば、状態に応じて入院やICUでの措置が決められるので対応がスムーズになる。
日本の医療提供体制が特異なのには理由がある。戦後、地域医療を再建するため、開業医は優遇税制、診療報酬制度で保護された。そうした中で、日本医師会は資金力をつけ、その推挙する候補が議員になるといった形で、国政から市町村に至るまでの大きな政治的影響力を持つに至った。
他方、多くが救急医療を担う日本の公立病院の勤務体系は過酷で、これは今に始まったことではない。新型コロナの流行以前から問題視されていた。働き方改革で一般労働者の時間外労働は年間360時間まで、例外的な場合の上限が720時間となったが、大病院の救急救命医や研修医などは時間外労働の上限が年間1860時間で、これ自体が過労死レベルだ。実際にはこれを超えて働き、過労死や過労自殺に至るケースもある。
このような状況なので、資金のある人は自分の勤務を自由に管理できる開業医を選び、その結果、開業医の数は余剰になり、ムダな検査、ムダな投薬で収益を確保し、経営を成り立たせようとする。日本の社会保障費の膨張の大きな要因の1つともなり、悪循環が続いている。
医療行政や政治にも詳しいピクテ投信投資顧問のエコノミスト、市川眞一シニア・フェローは「価格体系が間違っているので資源配分がゆがんでいる。地域の開業医が守られるように公定価格を付けてしまっているがゆえに、基幹病院の数が足りなくなり、新型コロナの医療逼迫・崩壊という事態にもつながっている。過酷な勤務をしている医師の賃金が上がらないのに、医療費のムダ遣いは増えている」と指摘する。